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「あ、いた、いた。ねえ、ダー」
まだ、そのへんをウロウロしていたレウインデが、ダーを見つけて話しかけてきた。
「今度、ダーが、胞障壁超える時に、一緒に乗せてくれない?」
「それは、かまいませんが…」
ダーは不思議そうな顔で、レウインデに尋ねた。
「あなた、胞障壁になんか入って、大丈夫ですか?」
「え? だって…」今度はレウインデが面食らう番だ「ダーが操縦したら、大丈夫なんじゃないの?」
「あなたの空間拡散率がゼロで、存在が点であるなら、そうですけど」
ダーは、レウインデの頭のてっぺんから、つま先まで、しげしげと見まわす。
「あまり、そんな感じには、見えませんね」
「えー、何だよ。話し違うじゃない」レウインデは途端にむくれる「ジルフーコや、ダーの操縦なら、通常空間とほとんど同じだって聞いたのに」
「ほとんど同じ、ですよ。まったく同じじゃありません。数学的には全然違います」
ちぇ、だまされた、とレウインデが、ぶつぶつ言っている隣りで、ダーが続けて説明する。
「あの子たちは、もう何度も胞障壁を抜けていますからね。それと較べれば、ほとんど普通の空間と同じように感じたのでしょう。だいたい、ジルフーコの操縦でも、わたしは、あの空間を認識できなかったのだから、通常空間と同じわけがないじゃないですか」
「エイオークニも? 彼も、同じだって言ってたよ?」
駄々をこねるように食い下がるレウインデ。
「あの人、とても我慢強いの」ダーは、ふふ、と笑った「みんなが、通常空間と変わらない、って言ってるのに、自分だけ、いや違うみたいだ、なんて言いませんよ。それに、聞かれたのは、わたしの操縦と同じか? でしょう? どっちも普通の人間にはそれなりに辛いはずですけど、そんなこと、あの人が言うはずないです」
「最初の光子体の具合はどうだった?」
突然、実験室に現れたレウインデは、これまた唐突に、ボゥシューに尋ねた。
「どうもこうも、まあ、あんなモンじゃないのか? しばらくは死なないよ。もう最初の光子体じゃないけどな。励起子体だ」
「それ、それ」レウインデが嬉しそうに言う「知ってる? あの人が励起子体になったの、ラクトゥーナルが、ひた隠しにしてるんだ」
あ、そう、と気のない返事のボゥシューに、レウインデは嘆息し、落胆を隠さなかった。
「まあね、結局、私ら光子体にしか関係ないことだからね。興味なくて当然だよ。光子体は、彼に見捨てられたんだ」
「そんなの、最初っからだろう」ボゥシューはそっけなく言った「光子体とデルボラのどっちを取るかって話しなら、あの親父は、迷ったあげくにデルボラを取るさ。いまさら、ぐだぐだ言ったってしょうがない」
「まあ、そうだよ。そうなんだけどさあ」
レウインデは天を仰いだ。正確には実験室の天井だが、それは宇宙にむけての、彼の大きな嘆息だったから。
「ほとんどの光子体は、そんなこと知らないんだ」
管 制 室に、全員が集合する中、光の泡沫を飛ばして、レウインデが現れた。
「そろそろ、危ないところにかかりそうだから、帰るよ」
すでに操縦席に腰を落ち着けているジムドナルドが、レウインデに背中を向けたまま、言った。
「そう言わずにゆっくりしていけよ。なんなら、このままいていいぞ。どうせデルボラに行くんだろ?」
「いやあ、やめとくよ」レウインデは、くすっ、と笑った「君の操縦、ずいぶん荒っぽいらしいじゃない? 私、繊細だからね。ダメなんだ、そういうの」
言い切るか言い切らないかのギリギリで、レウインデは忽然と姿を消した。
「本番はもう少し先だけど」
ジムドナルドの横に滑り込んだジルフーコが声をかけた。
「なんなら、操縦変わろうか? いつも通り、手前までなら、ボクが操縦してもいいよ」
「病み上がりが、偉そうに言うな」ジムドナルドがジルフーコのほうに顔をむける「そこに浮いてるのもやっとだろ。むこうに着いたら、いろいろあるんだから、いまは休んどけ」
はっとして、顔を上げるサイカーラクラに、ジルフーコは微笑むと、ジムドナルドに軽く手を振ってから、右後方の副操縦席に戻っていった。
ジルフーコが副操縦席に着いたのを確認してから、ジムドナルドが小声でサイカーラクラに言った。
「心配しなくていい。ジルフーコは、元の身体に戻りたてで不安定なだけだ。すぐに落ち着く。って言うか、落ち着いてもらわなきゃ、こっちが困る、ただでさえ…」
ジムドナルドはそこで言葉を止めてしまった。
サイカーラクラは、すぐに、ジムドナルドの言いかけた名を思いついたが、言葉には出さず、黙って肯いた。
壁スクリーンに躍る、極彩色の闇と光に、エイオークニは、圧倒されていた。
映像、と言うより、空間そのものが、意図をもってエイオークニを威圧してくる。
体が、ではなく、心が、その奥底が、拒否すべきものを見い出して、震えている。
「大丈夫ですか?」
心配そうにのぞき込むダーの視線に、エイオークニは、当然のようにやせ我慢で答えた。
「前、2回とは、少し違いますね。これが本当の胞障壁ですか」
ダーの返事はなかった。
ダーは停止している。それは、胞障壁に入ったことの証明だったが、それとは別に、エイオークニは、ほっとした。
あまり長く、ダーの前で平静を装い続けるのは、エイオークニとっても、難しいことだったのだ。




