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「ちょっと聞きたいことがある」
エイオークニをつかまえたジムドナルドは、いきなり問いただした。
「ジルフーコの操縦で胞障壁を超えたときと、ダーの操縦で超えたとき、どこか違うところがあったか?」
エイオークニは、しばし沈黙し、ジムドナルドの質問の意図を考えてみた。しかし、いくら考えてもわからなかったので、思ったままを素直に言った。
「特に変わったところはありませんでしたね。みなさん、盛んに、いつもと違うと言ってましたが、私には、差はわからなかった」
「俺たちは、ダーの操縦で胞障壁を超えたことはないんだ」
ジムドナルドが意味ありげな口調で言った。
「だから、ダーやジルフーコのほうが、正しい胞障壁の超え方なのかもしれん。俺やタケルヒノは荒っぽい」
「荒っぽい、とは?」
「船酔いに注意してくれ」ジムドナルドはエイオークニに背を向けて、管 制 室にむかう「人によっては、かなりひどいらしいからな」
「ジムドナルドに、船酔いに注意しろ、と言われた?」
はい、と答える、エイオークニに、ダーはたしなめるように言った。
「あまり、ジムドナルドの言うことを、真に受けてはだめですよ。あの子は嘘をつくことはありませんけど、だからって、本当のことを言ったりはしませんから」
「それは、皆、そうですよ」
「皆、では、ありません。ジムドナルドは特別ですから」
「そのようですね」
ダーは、困りましたね、という顔で、エイオークニを見つめる。
「ジムドナルドは、どうやって、胞障壁を超えるつもりなのでしょう? 何か聞きました?」
「あなたやジルフーコと違って、荒っぽい、のだそうです。タケルヒノと同じだ、と言っていました。だから、船酔いに気をつけろと」
ダーの表情が一瞬、停止した。第二類量子コンピュータとしては、ほぼ無限に等しい時間を使用して、ダーはひとつの結論にたどり着いた。
「あの子は嘘はつきませんから」
ダーは長い嘆息をついた。
「それにしても、途方もない話し。タケルヒノが無意識でやっていることを、ジムドナルドは、自分の意思でやる気です」
「そんなに凄いことなんですか?」
ええ、そうです、とダーはエイオークニに答えた。
「少なくとも、わたしには、そんなことはできません」
「本当に、ジムドナルドにまかせて大丈夫なのか?」
ボゥシューの問いに、ジルフーコは、さあ? と、とぼけた。
「ボクは、もう一回やる気はないんで、あとはジムドナルドにまかせるしかないよなあ」
「それは、知ってるし、ジムドナルドを止めるつもりもない。ただ、どうやって、アイツが胞障壁を超える気なのか、気になるだけだ」
「コンピュータの停止問題、っていうのがあってね」
何が楽しいのか、ジルフーコは、くく、と笑う。
「コンピュータのプログラムを考える。どんなプログラムでもいいけど、それをコンピュータで動かしてみる。それが正しいか、間違っているか、判明したとき、つまり、なんらかの結果を得られたときに、コンピュータプログラムは役割を果たし、コンピュータは停止する。で、これはコンピュータの種類にもよるが、コンピュータには、絶対に解けない、プログラムが存在する。そういうプログラムは停止せず、無限にプログラムが動き続ける。ダーは、第二類量子コンピュータだから、この無限に動き続けるプログラムのいくつかを停止させることができる」
「胞障壁の話しと似ているな」
「そうだよ。胞障壁は数学障壁だから、原理的には同じ話しだ。ボクは無限回の演算をして無理やり解いたけど」
「ジムドナルドは、それをやる気はないんだろ?」
「そうだよ。カレは、正解と間違いの狭間、答えのない空間を抜けながら、最終的に正解に滑りこむつもりだ」
「できるのか? そんなこと?」
「論理的推論では不可能だよ。タケルヒノは無意識でやっていた。ジムドナルドは、それを意識的にやろうとしている」
「論理的に無理なら、解けないだろう?」
そうだね、とジルフーコは笑った。
「だから、ボクにはできなかった。論理を超えるものは、非論理ではない。非論理は裏返った論理にすぎないから」
「まあ、いいや、ありがとう」
ボゥシューは、それ以上の答えを求めなかった。
ジルフーコは、笑いながら尋ねた。
「もう、気がすんだ?」
「そんなところかな」ボゥシューは答えた「本当に知りたいと思ったら、ジムドナルドに聞いてるよ。まあ、答えてはくれないだろうけど」




