7-1(4)
対話室から出てきたジムドナルドは、疲れ切った顔で、自分のソファに身を投げ出す。
「ジンジャーエールは、いかが?」
ダーの差し出したカップに、礼を言い、いっきに飲みほす。
「いったい、あの部屋で、何やってんだ?」
ソファに突っ伏して、顔だけ上げたジムドナルドが、ボゥシューの問いかけに返す。
「言葉遊びだ」
「言葉遊び?」
「ジルフーコが情報をそぎ落として、部分的に矮小化した新しいジルフーコになる。それに対してこっちから問いかけをする。するとジルフーコが、新しいジルフーコで答えるから、それにこっちが対応して、問いかける内容を変える。それをジルフーコが分析して、さらに情報を削る。その繰り返しだ」
「目隠しして、彫像を、他人のアドバイスだけで刻むような感じか?」
「他人の彫像じゃなくて、自分のだけどな。自分のことは、なかなか自分じゃわからないし、骨の折れる作業だ。サイカーラクラとレウインデは、こういうことで疲れることはないから、俺だけちょっと不利だ」
「サイカーラクラはともかく、レウインデは、まるっきりの他人事だから、けっこう、楽しんでるんじゃないか?」
「さあ、どうだかな」ボゥシューのくすぐりに、ジムドナルドは、あまり乗ってこなかった「適当にやると、ジルフーコが元の体に戻ったときに露骨にわかる。励起子体は、情報と体が相互に引きずられるからな、いいかげんにやると、励起子体のジルフーコがいびつになって、すぐバレる。そんなことは、レウインデに我慢できないだろ?」
「プライド高そうだからな」言いながら、ボゥシューはジムドナルドをのぞきこむ「オマエもそうだろ?」
「俺が?」ジムドナルドは、フン、と鼻を鳴らした「俺はそんなヘマはしない。それより、サイカーラクラが、ジルフーコのこと、自分の理想のジルフーコに変えちまわないか心配しとけ」
「あの子は、そんなことしませんよ」
ダーが言った。
「しない、と言うより、できないのですけど。そういうときは、何故か、わたしの部分集合としての性質が、あの子の中で優位になってしまう。非常にコンピュータチックになるの。もう少し、羽目を外しても良いと思うのだけれど」
「なんか、あの2人だけにやらせておくのが不安になってきた」
ジムドナルドは笑った。
「ダー、ジンジャーエール、うまかったよ。もう休憩は十分だ。もうひと頑張りしてくるさ」
そう言い残して去っていった、ジムドナルドの背中に向かって、ボゥシューが呟いた。
「何だかんだ言って、アイツが、いちばん張り切ってるじゃないか」
「良いことです」
ダーが言った。
「ここで頑張らないようでは、ぜんぜん、ジムドナルドらしくないですからね」
エネルギーポッドの前で、
ボゥシューとサイカーラクラが、ジルフーコの様子を窺っている。
サイカーラクラとジルフーコは直接つながっているので、サイカーラクラは、別にどこにいてもかまわない。
レウインデも情報体だから、音声で会話しなくても良さそうなものだが、光子体と励起子体では、情報の流れが違うらしく、うまくいかないらしい。
ボゥシューは、さっき少し、対話室に入ってみたのだが、ジムドナルドもレウインデも、確かに、ジルフーコの声と会話しているが、それ以外にも2人で余計なことを言い合っていた。ジルフーコの声も含めて、話している内容は雑談に近く、いったい、どこをどう調整しているのかわからなかった。
そんなわけで、ボゥシューは、自分がわかりやすい、励起子体の体をモニタリングするほうを選んだ。
サイカーラクラも、ジムドナルドとレウインデの2連弾は、荷が重いらしく、ボゥシューのほうについてきた。何より、まだ、中身が入ってないとはいえ、ジルフーコの体を眺めているほうが、サイカーラクラも、ずっと落ち着く。
「いま、動きました?」
「ああ、そうだな」
サイカーラクラは、一度、目を閉じ、静かに聞き耳をたてる表情になった。しばらくすると、目を開く。
「やっぱり」サイカーラクラは、ボゥシューに顔を向けた「いま、ジルフーコ、試しに入ってみたそうです。まだ、ちょっときつい、と」
「そんな感じだな」
ボゥシューはコンソール出力を何重にも切り替えながら、ジルフーコの状態を把握していく。
「各神経節の動きがバラバラだ。もっとも、動かせるようになってきたんだから、あと、もう少しだろう」
「ほんとですか? あ?」
ジルフーコのまぶたが、ひく、と、動くと、そのまま両目が開いた。サイカーラクラが声を引っ込め、息を飲む。
2つの金の虹彩が、サイカーラクラを見つめて、
サイカーラクラは、かなしばりになって、その場を動けない。
ジルフーコは微笑んだが、サイカーラクラのおびえようを見て気づいたらしい。
目を閉じた。
ほっとした表情のサイカーラクラに、ジルフーコが再び目を開ける。
鳶色の目の、いつものジルフーコだった。
ボゥシューがカプセルを開け、台座からジルフーコが飛び下りた。
「やあ、心配かけたね」
ジルフーコは笑った。
「ボクは、もう、大丈夫だ。準備ができたら、デルボラに行こう」
「準備、って、何の準備だ?」
ボゥシューの問いに、ジルフーコの声が天井から響いた。
「ジムドナルドの準備だよ。今度はジムドナルドが連れていってくれる。そうだよね?」
「そうなのかい?」
対話室のレウインデが、ニヤニヤしながら尋ねる。
「ああ、そうだよ」
ジムドナルドが答えた。




