7-1(2)
サイカーラクラは、エネルギーポッドに眠る、ジルフーコをじっと見つめていた。
目を覚ます、までにもいかぬ、顔や手指、首筋の動きなど、わずかな変化も見逃さないように、ずっと見続けていた。
ボゥシューには、すべてモニターしているから、そこまでする必要はない、と言われていたが、他にしたいこともないので、ずっと、そうしていた。
「まだ、しばらくは、目を覚ましませんよ」
いつのまに、隣りに立ったダーが、優しく声をかけた。
そうして、2人並ぶと、髪の毛の色を除けば、本当によく似ている。
ダーが、そのようにボディを設計したのだから、当たり前、と言えば、当たり前だが、ちょっとした仕草や、顔の表情、この母娘には、ただ単に似ているという以上の何かがあった。
「まさか、自分がしっかりしていなかったから、ジルフーコが、こうなったなんて思ってないでしょうね?」
サイカーラクラは、ダーの言葉に、静かに首を振った。
「ジルフーコが、ジルフーコの形のまま、胞障壁を超えたのだから、これ以上の成功はありません。ただ、無限の情報操作に無限のエネルギーが必要だっただけ。ゼロを通り越してマイナス無限大になって枯渇してしまった、励起子体の活動エネルギーを呼び戻すのに、普通のやり方では、無限の時間がかかります」
「だいたいはあってますけどね」ダーは、先生が生徒の答案を採点するように指摘した「情報操作には、本来、エネルギーは必須ではないのです。コストゼロで情報操作できる素子がいまだ存在していない、というだけの話しで、ジルフーコも途中でそれに気づいたでしょうから、無限大のエネルギーが必要だったわけでは、ありませんよ」
「では、何故、ジルフーコは目を覚まさないのでしょう?」
「励起子体の問題、というか限界なのです」
ダーはここでいったん言葉を切った。励起子体である、サイカーラクラに少し遠慮してのことだったが、そんなことを言い始めたら、何も議論など出来はしない。
ダーは、決心して、話しを続けた。
「ジルフーコのやり方では、生身の体ではとてももたない、そう彼は判断して励起子体になったのですが、実際には、励起子体だって、無限の情報操作などできないのです。励起子という実体がありますからね」
「でも、ジルフーコは、胞障壁を超えましたよ?」
「ええ、そうです。だから、その時点で、励起子体から、完全情報体に進化していないと辻褄があわない…」
「完全情報体?」サイカーラクラが叫んだ「そんなこと可能なんですか?」
「可能かどうかなんて知りませんよ」ダーは特別に困った顔をした「わたしは第2類量子コンピュータという、ちょっと変わったコンピュータですが、それだってコンピュータには変わりないわけで…。サイカーラクラ、あなたは情報体なのだから、直接、交信できるはずでしょう?」
「直接、交信、って…、まさか…、ずっと、あの…、頭の中の…、…」
そのまま、言葉を失くした、サイカーラクラの顔に、押し寄せるように歓喜の表情が浮かぶ。
ときどき、はい、はい、と誰に対するでもない返事をひとりでしながら、両眼からあふれる涙に、くしゃくしゃになった顔で、笑っている。
ダーは、やれやれ、という顔で、サイカーラクラの様子を眺めていたが、彼女が自分から話しかけてくるまで、辛抱強く待った。
「そうです。ジルフーコ、でした」サイカーラクラは、やっと、ダーに報告した「…ずっと、私に話しかけてくれていたのに…、私、頭がおかしくなったのだと思って…、ずっと、無視していたから…。でも、やっと、ジルフーコも、話しが通じて安心したみたい」
「そう、それは良かった」
ダーは言ったが、無視とか、それ本当に頭がおかしいじゃない、このオバカ娘、とは、サイカーラクラがあまりに哀れで、口にはできなかった。
「完全情報体?」
ボゥシューが聞き返して、サイカーラクラが、こくこくと肯く。
「…なるほど、そういうわけか、ま、無事で何よりだ」
無事かどうかは微妙な気もするが、それをサイカーラクラに言っても、話しがややこしくなりそうな気がするので、ボゥシューは黙っていることにした。
「それで、ボゥシューに頼みがあるのです」
「何だ?」
「ジルフーコが元の体に戻るには矮小化が必要で、これにはしばらく時間がかかるそうです。その間、励起子体のほうの維持を頼むと。ジルフーコが言うには、ポッドの供給エネルギーが多すぎて、太ってしまうそうです」
「ガス欠だと思ってたから、めいっぱい、エネルギー突っ込んでたからな。調整しとくよ」
「それから、宇宙船の通信ラインにジルフーコが、直接、割り込める受け口を作って欲しい、と」
え? と、ボゥシューは困惑の表情を浮かべた。
「そういうの、苦手なんだが…」
「あ、別にボゥシューでなくても、いいらしいのですが、私はジルフーコの指示を聞き取るのがやっとなので、作業は他の人にやっていただかないと…」
「そういうのは、ジルフーコとタケルヒノだったからな…。ダーは?」
「細かい作業は苦手だそうです」
コンピュータのくせに、と、ボゥシューは思ったが、まあ、得手不得手ってのはあるんだろう。
「ジムドナルド、ビルワンジル、イリナイワノフ、みんな、ちょっと違う感じだな」
強いてあげればジムドナルドだが…、
ジムドナルドに頼むぐらいなら、ボゥシューが自分でやったほうがマシな気がした。
「ヒューヒューさんは…、無理そう…、ですね」
「…だな」
2人とも考えあぐねて、互いの顔を見つめ合っていたが、そこで、ボゥシューがひらめいた。
「1人いた」
え? と驚く、サイカーラクラ「誰です?」
「本人に聞いてみないとわからないけどな」
ボゥシューは立ち上がって、実験室の出口に向かった。
「意外と器用そうにも見えるから、頼んでみよう。もしかしたら、やってくれるかもしれん」




