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「だから、いったい、何が、どうなってるんだ?」
ラクトゥーナルが吼えた。
「どうなってるも、こうなってるも」ジムドナルドがやり返す。エネルギーポッドに浮かぶミウラヒノに、人差し指を突きつけた「あんたの見たまんまだ。この役立たず連れて、さっさと帰れ」
ファライトライメンに出て、すぐ現れたラクトゥーナルは、登場と同時にまくし立てた。と言っても、何がどうなってるのか説明してくれ、の繰り返しなわけで、興奮しすぎて、ジムドナルドがいくら説明しても理解が追いつかない。めんどくさくなったジムドナルドが、治療室までラクトゥーナルを引っ張ってきたが、状況はまるで変わらなかった。
まだ頭から血の気は引かないものの、ミウラヒノのポッドの隣り、もうひとつ並んで設置されているエネルギーポッドの中身に気づいたラクトゥーナルは、さすがに声をひそめた。
「彼は…、大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないだろうが」
ポッドの中に浮いたまま、ぴくりともしない、ジルフーコをちら見しつつ、ジムドナルドがぶっきらぼうに答えた。
「胞障壁の無限障壁を力ずくで解いたんだ。タケルヒノでもなけりゃ、たとえ励起子体であっても、こうなって当たり前だ」
「胞障壁を…、超えた…?」
あらためて、ポッド内のジルフーコを見つめていたラクトゥーナルは、あることに気づいて、ハッとした。
「タケルヒノ…、は…?」
「デルボラの造り出した胞障壁の中だ」
「…閉じこめられたのか?」
「いや、自分で入った」
「何故?」
「そんなことは知らん」
けんもほろろなジムドナルドの答えに、消沈しつつも、ラクトゥーナルは、まだあきらめない。
「デルボラは?」
「次元変換駆動レールでイリナイワノフが打ち抜いた。ティムナーで宇宙船をぶち抜いたアレだ」
「死んだのか?」
「あの程度で死ぬようなタマか? それでも、だいぶ力をそいだから、時間は稼げる」
「時間を稼ぐ、って、それで、どうする気だ?」
「もう一度、デルボラに行く」
「何だって?」
「もう一度、行くんだよ。あのままにしておけるわけないだろう?」
ラクトゥーナルは、恐る恐るジルフーコを見つめ、それから、あらぬ虚空に視線をおよがせた。
「どうやって?」
「そんなことは、あんたには、関係ない」ジムドナルドは顎でミウラヒノの浮かぶポッドをしゃくった「いいから早く、この親父を連れてけ」
そうして、ジムドナルドは、ミウラヒノを見つめると、付け足した。
「おっさん、何か言うことはあるか?」
ミウラヒノの傷はすでにふさがっていた。石のように固まった表情のまま、唇だけが動いた。
「何もない」
ジムドナルドは、ミウラヒノの返事を聞くと、コンソールを操作しだす。
ジョイントの外れる金属音、どこからともなく数体のケミコさんがあらわれて、エネルギーポッドを台座から外すと、そのまま支えて運んでいく。
「多目的機を1機貸してやる」振り向いたジムドナルドがラクトゥーナルに言った「操縦くらいはできるだろ? それで、このおっさんを連れてけ。ああ、多目的機は返さなくていいぞ。面倒だからな」
実験室のボゥシューは、ふと、背後に気配を感じた。
「来てどうなるものでもないけれど、来てしまいました」
アグリアータだった。
「まあ、別にかまわんさ」振り向かずにボゥシューが答える「アンタが来るぶんにはかまわない。さっきまでフラインディルも来てたみたいだし」
ボゥシューは、わざわざ、ラクトゥーナルではなく、フラインディルと呼んだ。
「迷惑かけてすみません、あの人、…ダメなんです」
「連れてってもらえたから、送り返す手間ははぶけたしな」ボゥシューは椅子を回してアグリアータの方を向いた「でも、リーボゥディルは、ダメだ。宇宙船には来させるな」
「それは、もちろん…」
「デルボラにもだ」
アグリアータは、すぐには答えなかった。
じっと、ボゥシューを見つめたまま、無言の時を過ごしたアグリアータは、それでも、最後には問わずにいられなかった。
「やっぱり、行くの?」
ああ、と答えるボゥシューに、アグリアータは言葉を継いだ。
「どうして? あなたたちには、何の義務もないのよ? デルボラは、あたしたち、光子体の不始末なのに…」
「不始末、っていうのは、デルボラに酷すぎやしないか?」
ボゥシューは、笑った。
「それに、光子体のせい、と言っても、悪いのはあの男だろ。本人は、ちゃっかり、励起子体になってるしな。ワタシたちのせいなんて考えは、やめといたほうが無難だ」
「でも…」
「それに、向こうにタケルヒノがいるんだ」
ボゥシューの顔が、ほんの少し、強張った。
「そのまま、ほっといても、帰ってくるのかもしれないが、それならそれで、また、でかけるんだろう。そんなことするぐらいなら、向こうで合流したほうが早い」
アグリアータは、反論もできず、黙ってボゥシューを見つめていたが、やがて、ふっ、と笑った。
「あなたたち、とても良く似ているのね」
「え?」
「あなたと、タケルヒノ、とても良く似ている」
なにげなく、思ったままを口に出した言葉だったが、意外にも、ボゥシューの顔色が変わった。
「どうしたの? ボゥシュー」
驚いて尋ねるアグリアータ。ボゥシューは、しばし言いあぐねていたが、椅子をずらして、コンソールの前を空け、アグリアータに見えるように体をそらした。
「これが、タケルヒノの細胞のデータ」ボゥシューはコンソールを操作しながら言う「無理言って取らせてもらった。そして、これが、ワタシ」
最初、意味もわからずにコンソールを眺めるだけのアグリアータだったが、ボゥシューの操作で出現する指数の羅列に、ついには驚愕の表情が浮かんだ。
リーボゥディルの遺伝子を1から設計したアグリアータでなければ、到底、理解し得ない情報だった。
「これは…、いったい?」
「だろう? ありえないんだ」
ボゥシューは言ったが、それは、必ずしもアグリアータに向けた言葉ではなかったかもしれない。
「理由と言えば、これが理由だ。でも、何故、こんなことになっているのかはわからない。だから、ワタシはタケルヒノを迎えにいかなければならないんだ」




