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ワンダー7  作者: 二月三月
超重力の罠

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202/251

デルボラ(17)

 

「ボゥシュー」

 イリナイワノフがボゥシューの傍らに来た。

「いつもと違うよ、ボゥシュー、でも…」

 イリナイワノフはダーを見やる。ダーは落ち着いた笑みを浮かべたまま、凍りついたように動かない。

「ダーが、止まってるんだから、もう、胞障壁(セルレス)なんだよね?」

「そうだと思う」

 胞障壁(セルレス)なのは間違いないのだろう、とボゥシューも思う。

 ボゥシューは、操縦席のジルフーコと、その後ろに立つジムドナルドに視線を向けた。

「あの2人なら、いま、いつもと何が違うのか、わかってるのかもしれないが」

 そう言うと、ボゥシューは、眼差しをイリナイワノフに戻した。

「ちょっと、いまは、聞けるような雰囲気じゃないな」

「…そうだよね」

 イリナイワノフも肯いた。

「あの、おじさんに聞いても、わからないよねえ」

 イリナイワノフは、エイオークニのことを言っているのだろう。さっきからヒューリューリーと話し込んでいるが、ブシドー、が、どうとか、漏れ聞こえてくるので、あまり関わらないほうがいいかもな、と、ボゥシューは思った。

「とても長く感じる」

 イリナイワノフが言った。

「いつもは、もっと、ぐるぐるしてるから、気がつかないだけなのかもしれないけど、この胞障壁(セルレス)は、長いよ」

「ワタシも、そう思うぞ」

 ボゥシューは言ったが、ふと、思いついたようにつけ足した。

「この胞障壁(セルレス)のほうが、ほんとう(丶丶丶丶)胞障壁(セルレス)なのかもしれない」

 え? とイリナイワノフが小さく問いかける。

ほんとう(丶丶丶丶)胞障壁(セルレス)、って?」

 問われたボゥシューは、少し、笑ってごまかす。

戯れ言(ざれごと)だ」ボゥシューは言った「なんとなく言ってみただけだよ」

 

「大丈夫なのか?」

 問われたジムドナルドは、声の方を向きもせずに言った。

「何がだ?」

「ジルフーコ、がだ」

 そこで、やっと、ジムドナルドは、ビルワンジルに向いた。

「わからん」ジムドナルドは、それだけ言うと、また視線を操縦席に戻す「胞障壁(セルレス)を超えられるか? と、いうことなら是だ。ジルフーコが出来るといった。それ以外のことは、わからん」

「危険なのか?」

「ダーですら超えられない数学障壁だぞ。普通の方法じゃ、まず無理なはずだが…、ジルフーコはそれで抜ける気だ。それに、信じられんことだが…、ここまでは、正しい」

「わかるのか?」

 ビルワンジルが驚いて尋ねた。

「わかる」ジムドナルドは言った「胞障壁(セルレス)は数学障壁だ。ジルフーコは、胞障壁(セルレス)を超えるのに、言わば、数学の問題を真正面から解いている。これは、タケルヒノのやり方とは違う。その証拠が外の風景だ」

「風景?」

「外の宇宙を見ろ。普段の宇宙と変わりない。実は、これが胞障壁(セルレス)の本来の姿だ。ジルフーコは正しい答えだけを選んで進んでいる。だから、外の景色が普通の宇宙のままなんだ」

「じゃあ、タケルヒノは間違ったところを抜けていた、と?」

「それも違う」

 ジムドナルドは、よく見ると、操縦席ではなく、操縦席のその先の、ジルフーコも見つめているはずの、真の虚空を睨んでいた。

「数学には正しい解と、間違った解があるが、それ以外にも、正しくもなければ(丶丶丶丶丶丶丶丶)間違ってもいない(丶丶丶丶丶丶丶丶)解がある。タケルヒノは、その間違いでも真実でもない部分を抜けていく。現実と非現実のどちらでもない、夢の様な部分、それをタケルヒノは通っていたんだ」

「オレには、オマエが、何を言ってるのか、まるでわからない」

「わからなくていい、ビルワンジル、お前は、胞障壁(セルレス)を壊した。胞障壁(セルレス)を破壊することと、超えることとは、実は、まったく同じことなんだ。だから、お前が胞障壁(セルレス)を破壊したとき、デルボラはあんなにも驚いたんだ。もう、お前には出来たのだから、理解などする必要はない」

「正しい道を通っているのなら」ビルワンジルは重ねて問うた「いったい、何が問題なんだ」

「何の問題もない」ジムドナルドは答える「だが、胞障壁(セルレス)は数学障壁であると同時に無限障壁だ。胞障壁(セルレス)を超えるには、無限の問題を解かなければならない。ダーは、第2類量子コンピュータは、ある種の無限を有限に変換できる。そのように設計された。だから、自分にあった胞障壁(セルレス)なら有限時間で踏破できる。だが、ジルフーコは違う。無限の問題を、真正面から解いていく気だ」

「そんなことは、不可能だ」

「いや、不可能ではない」

 ジムドナルドの声は、もはや絶叫に近く、その一声で、管制室を震わせた。

「無限個の問題を解くには、無限回の操作が必要だ。だが、ひとつひとつの問題が無限小時間で解けるなら、最終的には、有限時間で胞障壁(セルレス)を踏破できる。問題を無限小時間で解くとは、すなわち、無限大の情報処理能力を有するということ、ジルフーコは、いまそれをやっている。そのために、あいつは、励起子体(パウフラニア)になった。無限大の速度で問題を解くには、人間の体は脆すぎる」

「そんな、無茶な」

「いいえ、無茶では、ありません」

 ダーが機能を再開した、第一声がそれだった。

「たったいま、ジルフーコは胞障壁(セルレス)を超えました。だから、無茶ではないのです」

 ずっといままで、副操縦席で、死人のように黙りこくっていたサイカーラクラの顔に、たちまち歓喜の表情がわき起こる。

「すごい、すごいです、ジルフーコ」

 サイカーラクラは、操縦席のジルフーコにむしゃぶりついた。

「私、本当に、心配で…、でも、ジルフーコならできるって、ジル…?」

 抱きついた感触が、サイカーラクラの予期していたものと、まるで違った。

 驚いて、離れたサイカーラクラの目の前で、ジルフーコの体が、ゆっくりと操縦席から浮いた。

 そのまま、わずかな慣性を保って、ジルフーコは管制室の中央へと流されていく。

 サイカーラクラの悲鳴が、管制室にこだました。

 

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