デルボラ(16)
皆、管 制 室に集まってきたが、どことなく、いつもとは雰囲気が違う。
イリナイワノフはビルワンジルの傍らにいた。
ジルフーコが操縦席にいるのは普段通りとしても、隣りの副操縦席にはサイカーラクラが座っている。
ジムドナルドは中央やや左後ろに、1人で立って、虚空を見つめていた。
ヒューリューリーは、ザワディに巻き付いている。互いに落ち着くらしい。
ミウラヒノをポッドに残して、ボゥシューが管制室に入ってきた。
ダーの隣で話している、エイオークニの側に移動する。
「まさか、本当に来るとは思わなかったな」
「お嬢さん」
と、以前、会った時と同じように、エイオークニはボゥシューに呼びかける。
「私が、いちばん、驚いていますよ。ああは言ったものの、また会えるという確信以外は、何もかも、ほんとうに、見当もつかなかったのです」
「そのわりには」横からダーが口をはさんだ「わたしが声をかけたら、迷いも見せずに、すぐさま、宇宙船に乗りましたね」
「時が来たのが、わかったからですよ」エイオークニは答えたが、幾分、不満気な響きがあった「万全とは言いませんが、それなりの警護はしていたのです。それらをすべて無視して、いきなり、あなたは、執務室まで来られたのですから。そんな迎えが来たのですから、もう、くだらない事務仕事はしなくてすむのだと、すぐに、わかりました」
「執務室?」ボゥシューが言葉尻をとらえた「何、やってたんだ?」
「太陽系防衛評議会の主任執行官」エイオークニの代わりにダーが答えた「で、良いのでしたよね」
「まあ、そうです」エイオークニは追認したが、あまり愉快そうではなかった「航宙宇宙船までは、なんとか造りましたが、胞障壁を超える方法がわからなかったので、太陽系防衛、としました」
「こんな短期間で、次元変換駆動機関まで造ったのか?」
「目標があれば、地球人はそれなりに頑張りますからね。情報キューブの解析に若干手間取りましたが、理論は完全に解明できなくても、モノだけなら、なんとか造れますし…。もっとも、次元変換駆動機関については、航宙機関としてより、新エネルギーとしての、需要のほうが大きかったですが」
「へぇ、じゃあ、地球も少しは過ごしやすくなったのか?」
「いえ、エネルギーの偏在と富の偏在には関係がないことがわかって、かえって揉めてます」
「ああ…、そう…」
ふと、ボゥシューはジムドナルドの背中に視線を向けた。
「そういうの、得意そうなヤツがいるが…」
「いや、それは、そうですが」エイオークニは声をひそめた「世の中には、解決しないほうが良い問題、というのも、多々あるわけでして、ある種の問題解決のためだけに生きているような人は、問題がなくなってしまうと、生きる意味すら見失ってしまうので…」
ここで、エイオークニは、ダーに同意を求めるように視線を送ったが、ダーは反応しない。柔和な表情のまま、硬直している。
ダー? とエイオークニは呼びかけたが、返事はない。
「胞障壁に入ったんだ」
ボゥシューがエイオークニに言う。
「胞障壁は数学障壁で、ダーは自分で解けるタイプの胞障壁しか認識できない。認識できないタイプの胞障壁の中では、ダーの時間は止まってしまう」
なるほど、と、肯いてから、エイオークニは、あわてて自分の言葉を打ち消した。
「お嬢さん、あなたの言葉を理解できたわけでは、ないんです」エイオークニは、とても不思議な言い訳をした「私は、あなたたちが、情報キューブ内の情報を遥かに凌ぐ体験をしてきたこと、そのことに納得した、それだけのことです」
「いつもと違う」
イリナイワノフが言った。
「ああ、そうだな」
ビルワンジルが応じた。
実際、壁スクリーンを通してみる胞障壁は、いつもの胞障壁とは大違いだった。
いや、違う。
いつもの宇宙空間と、まるで同じだった。
暗く、落ち着いた闇。
遠くに瞬く、星のきらめきすら、いつもと同じ。
いつも見ている、深淵。
ダーが、機能停止しなかったら、どこからが胞障壁なのか、まるでわからなかったろう。
デルボラから出る胞障壁だから、なのか。
それとも。
「ジルフーコ?」
イリナイワノフが声に出した名に、ビルワンジルは、是とも否とも言わなかった。
――キミがいちばん真実に近い、タケルヒノを除けば
ビルワンジルの頭の中に、ジルフーコの言葉が響く。
でも、それは、違うんだ。
ビルワンジルは、もちろん、声には出さなかった。誰であっても、それが、たとえジルフーコでも、自分のことは、見えないのだ。
「やあ、あなたがサイユルの人ですね」
エイオークニが話しかけた。
「サイユルをご存知ですか?」
「ええ、ダーに聞きました。いま、止まってしまったようなんですが」
なるほど、と、ヒューリューリーは見得を切るように上半身をぐるりと回した。
「ヒューリューリーです、あなたに会えて…」
そこまで言って、ヒューリューリーは千載一遇の機会を逃したことに気づいた。
いかにも、拙者、ヒューリューリーでござる
と言うべきだったではないか。
ヒューリューリーは、内心、がっかりしたが、表には出さずに、努めて平静を保った。
「…エイオークニ、あなたは、サムライですね?」
「え? いや、確かに剣道は嗜みますが、サムライというほどでは…」
「あなたは、サムライです」ヒューリューリーは、エイオークニの謙遜などには目もくれない「なんとなれば、あなたは、約束を果たすために、胞障壁を超えたではないですか」
「ああ、そうです」何かに打たれたように、エイオークニが応じた「私はタケルヒノとの約束を果たすために、ここまで来ました」
「タケルヒノとの約束?」ヒューリューリーの体は、無重量、天地無用の空間で、それでも、あからさまに何かに向かって傾いた「人は他人との約束など守らぬものですよ。それが、たとえ、タケルヒノ相手であっても」
「でも、私は」エイオークニは、ささやかな抗弁を試みた「ここまで来る理由に、約束を守る、以外のことを思いつけません」
「もちろんそうです」ヒューリューリーは、大きく伸び、天井にすらつきそうな勢いだった「人が守るのは、他人との約束ではなく、自分との約束です。あなたは自分との約束を果たした。だから、あなたはサムライなのです」




