デルボラ(15)
「役立たず、と言われるだろうとは思っていました」
エイオークニの顔は、晴れやかだった。
「いまは、ただ、連れて来てくれたダーに感謝しています。あとは、私の責任ですから」
「まあ、何だ、ちょっと言い過ぎた」
最初の激情が薄れ、ジムドナルドは、だいぶ落ち着きを取り戻していた。
「こっちも、いろいろあって、八つ当たりだ…、すまん」
いま、爆発したことで、ジムドナルドは、いろんなものが吹っ切れた気がした。
そうして冷静に考えると、早急に解決しなければならない問題が1つある。
ジムドナルドは、ジルフーコに尋ねた。
「胞障壁の突破開始まで、どれくらいある?」
「きっかり2時間後だ」ジルフーコは操縦席のコンソールから目を離さずに答えた「順調だよ。いつもと違うのは、…そうだな。最初から最後までボクが操縦する、ってことぐらいだ」
「できるのか?」
ジルフーコはコンソールから視線をはずし、振り向くと、メガネ越しにジムドナルドの瞳を見据えた。
「正直に言うと、そう何度もやれる方法じゃないんだ。でも、一回なら、なんとかなる」
「そうか」ジムドナルドは荒々しくジルフーコの肩をつかんだ「たのんだぞ」
「こっちにも、たのみがある」
ジルフーコはジムドナルドから目を逸らさずに言った。
「きちんと、ボクが何をしているか、見ていてくれ。たぶん、2度は無理だからね」
「わかってる」
ジムドナルドは、ジルフーコの肩に置いた手に力を込めた。
「俺は、ずっと見てきた。だから、今度も、絶対に見逃さない」
ジムドナルドが治療室に入ると、ボゥシューの他に、ダーとサイカーラクラがいた。
3人の女性たちは、黙って、エネルギーポッドに浮かぶ、ミウラヒノを見つめていた。
ミウラヒノの損傷部位は、外見だけなら、もう塞がっていた。
中身のことはわからない。ジムドナルドも興味はなかった。
「よう、おっさん」
ジムドナルドは、ポッドの中に声をかけた。
「あと1時間ちょっとで胞障壁に入る。そうなったら、あんまり、あんたの面倒は見てられないから、自前で頑張れ」
ダー、サイカーラクラ、それにボゥシューは、はっとして、一斉にジムドナルドに顔を向けた。
「それでいい」ミウラヒノはポッドの中から答えた「わたしのことは、気にしないでくれ。…そうだ、ジムドナルド。質問がある」
「何だ?」
「デルボラを撃った、アレは、何だ?」
「次元変換駆動機関の軌道レールだ」
ジムドナルドはこともなげに答えた。
「10億分の2秒という短時間だが、射線上に、突然、別次元から物質が現れる。中性子と言えども素粒子、物質には違いない。同一空間を2つの物質が占めることは許されないから、両方共エネルギーとなって消滅する。次元変換駆動が、真空中でしか使えない理由だが、逆に使えば武器になる」
「やはり、そうか」ミウラヒノの顔に諦念の色が浮かんだ「理論上は兵器として利用可能なのは知っていたが、普通は、当てることができないはずだが…」
「俺たちには、イリナイワノフがいるからな。軌道レールは直線だが、別次元の直線で、通常空間の重力測地線には一致しない。コンピュータで計算することは不可能だ。たとえ、ダーであってもだ」
「では、デルボラは、もう…」
「そんな簡単なモンかよ」
諦め口調のミウラヒノに、ジムドナルドは、真っ向から反論した。
「次元変換砲、とでも言っておくか。あれが破壊できるのは、原理上、物質だけだ。情報を消し去ることはできん。時間稼ぎにはなったが、まだ、デルボラは健在だろう」
ビルワンジル、と、ジルフーコが声をかけてきた。
何だ? と、返す、ビルワンジルに、ジルフーコが気まずそうに話しを続ける。
「キミに作った槍なんだけどさ」
「ああ、ありがとう、とても役に立ってる」
「いや、いまさら言うのも何だとは思うけど、あれ、実は、胞障壁を壊せるようには作ってない」
え? と、戸惑う、ビルワンジル。
「だって、胞障壁、壊れたぜ」
「そうだよ、だからね」
ジルフーコの顔に、いつものいたずらっ子の笑みが浮かんだ。これは、ジルフーコにとっても、すごく面白いことだったのだ。
「胞障壁を壊したのは、槍じゃなくて、キミだから」
「何を言ってるのか、わからないんだが…」
「いまは、わからなくていいんだ」
ジルフーコは、なおも食い下がり、説明を続けた。
「きっと、わかる。キミは胞障壁を破壊したんだから、きっと、いつかは、わかる。だから覚えてて、槍じゃなくて、キミが壊したんだと言うことを」
困惑するビルワンジルに、かまわず、ジルフーコは話し続ける。
「もうすぐ、ボクらは、胞障壁を超える。もちろん、これが最後じゃない。でも、その後だと、ボクは、キミに説明できないかもしれない。だから、いましかないんだ。わからなくてもいい。でも、覚えていて欲しい。ビルワンジル、キミは、タケルヒノを除けば、ボクらの中で、いちばん真実に近い」




