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ワンダー7  作者: 二月三月
運命の7人

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原点回帰(4)

 

――汎生体信託統治会(POTA)――パン()オーガニズム()トラスティーシップ()アソシエーション()は、GEビルディングの高層階3フロアを連続で貸し切っている。

 エレベーターを出るとすぐ、ジムドナルドは鼻をひくつかせた。この臭いは…

――ああ、薬やってるな、禁止にしといたはずだが…。

 事前調査でも噂はあったから、ジムドナルドも驚きはしなかったが、やはり少し寂しかった。

 廊下を歩きながら、ガラス越しに各部屋をのぞく、本来、スーツ着用がきまりのはずの汎生体信託統治会(POTA)が、導子ですら上着も着ていない、この様子では、御導父様も想像がつくというものだ。

 なおも廊下を進んでいくと、後ろからついてきていただけの男が、あわててジムドナルドを止める。

「ここから先はだめだ。御導父様が…」

「その導父が連れてこいと言ったんだろうが、そこをどけ」

 もともと汎生体信託統治会(POTA)では単純に導父と呼んでいたはずだ。それを御導父様とは、劣化が著しい。

 扉に手をかけると、隙間からさらに鼻をつく薬の臭い。

 ジムドナルドは、しばし躊躇したが、思い切って扉を開けた。

 

 導父は半裸で腰から下に幅広の白布を巻きつけ、ソファに身をゆだねていた。ジムドナルドを認めると、あぅぁ、と意味不明の言葉を発して駆け寄ろうとしたが、ふと傍らに侍らせていた側近たちのことを思い出したようで、かろうじて精神を奮い立たせた。

「扉より来し者と語らねばならぬ。他の者は去るように」

 側近たちは訝しげにジムドナルドを見やるが、導父に逆らうわけにもいかず、部屋の外に出た。

 導父自ら、扉を閉めると、しっかりと鍵をかけた。

「なんだ? その格好は? インドの導師(グル)の真似事か?」

 ジムドナルドの言葉に、もう限界だったのだろう、導父は振り向きざま、ジムドナルドの膝にすがって泣きだした。

「オマエ、なんで急に、いなくなったんだよう、オレひとりじゃ、もう、どうしたらいいか、ぜんぜんわかんなくて…」

「あー、悪かった、悪かった」

 ジムドナルドは、親子ほども年の違う白髪交じりの半裸の男に、まるで幼子をあやすように語りかける。

「いろいろ、あったんだよ。まあ、さらわれて、ちょっと、いろいろ、な」

「アレだな、アレ」半裸の男は叫んだ「空でくるくる回って飛んでるヤツ、アレにさらわれたんだ」

 この男、こんな変なところだけ鋭い、ジムドナルドもこの点だけは持て余し気味だ。

「また、あのくるくる回るのが来たから…、そうか…、オマエ、逃げてきたんだな。そうだ、そうか、やっと逃げられたのか、そうかー、良かったー」

「いや、ま、だいたいあってるけどな」ジムドナルドは、はぐらかした「ちょっとだけ、違う」

「違う? 何が?」

「薬はだめだって、言ったはずだろ?」

 ああ、と絶望的な声色で男は頭を抱える。

「しかたがなかったんだ。だって、オマエはいなくなっちまうし、それに薬ったって、軽いのをほんのすこしだ。あんなもん、酒飲むのとたいしてかわらんし…、それに、それに」

 男はジムドナルドをすがるような目で見つめる。

「オマエ、帰ってきたじゃないか。帰ってきたんだ。もう大丈夫だ。…そうだろ?」

 ジムドナルドは無言で男を見つめている。

 男はうつむいて自分の風体を己の目で見た。

「…服は、スーツもちゃんと着る。かたっ苦しいのは、…苦手だけど、いや、ちゃんと着るから、オマエの言うとおり、何でもちゃんとやるよ」

 男は立ち上がり、くるり、と一回転した。

「だって、オマエ、帰ってきたんだから、オマエがいなかったから、おかしくなったんだ、服も、その…、薬も。もう何でもオマエの言うとおりにする。そしたら、また元通りだ。何もかも、みんな、もとどおりだ」

「ダメだ」

 ジムドナルドは首を横にふった。

「どうして?」

「これは、実験なんだよ」

「実験? ああ、そう言えば、オマエ、ずっと、実験だって言ってたな。だから、オレ、オマエの言うとおりやったんだ。スーツ着て、みんなの前でよくわからない話しして…」

「そうだ」

「うまくいったよな。こんなでかいビルに住んで、美味いもの食って、薬と女がダメなのは、ちょっと…、いや、でもうまくいってたんだ。実験は成功だろ?」

「そうだ、実験は成功した」

「そうだ、成功だ、でも、オマエがちょっといなくなってたから、うまくいかなくなってた、でも戻ってきたんだ、実験を続けよう」

「いや」ジムドナルドは、もう一度、首を横にふった「実験は終了だ」

 どうして、なぜ、を繰り返す男に、ジムドナルドは説明を始める。

「俺の実験っていうのは、わかりやすく言えば、偽物の神を作ることだ。何度も説明したよな。そして実験は成功した。うまい具合に偽物の神を作れたわけだ。結果がわかったから、実験は終了だ。実験ていうのはそういうもんだよ」

「やめる必要なんかないだろ」男は絶叫した「なんでやめるんだよ」

「偽物の神が作れることがわかったから、もうこんなことやる必要はない」

「本物がいないから、偽物の神を作ったんだろうが、やめたら何もかもなくなっちまう」

 フッ、と、ジムドナルドは本当に、フッ、と笑った。氷を削りだして作ったかのような美しい貌は、この笑いを浮かべるために産み出されたようにも思えた。

「本物がないのに偽物だけが存在するなどということはありえないのだ」

 ジムドナルドの言葉には、凛として何者をも寄せ付けない高貴さがあった。

「したがって、偽物の神を作ることができたのだから、本当の神がいないはずはない」

 ジムドナルドの笑みが、もとの無邪気なものに戻った。

「というわけで、俺はこれから本物の神を探さなくちゃいけない」

 もしかしたら、すでに見つけてしまったかも、とは思ったが、まあ、いまはその話は関係ない。

「だから、この実験はこれで終了。今日はそれを言いにきたんだ」

 


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