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ワンダー7  作者: 二月三月
運命の7人
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選ばれた7人(1)

 

 その日は半分まで、いつもと変わらない日常だった。

 だからタケルヒノにとっても、その日の前半部分はほとんど記憶に無い。

 記憶に残っている最初の鮮烈な情景は、学校帰りの電車を降りてコンビニの隣の路地を入った時だ。

 いつもの小道、家へと向かうなんの変哲もない路地。

 スーツ姿の男が3人、前を塞いだ。

 後ずさろうとして、左足を後ろにずらした時、後ろから抱えられて、口に布を押し当てられた。

 つんと鼻を刺す臭気を感じてから、気を失うまでさほど時間はかからなかったと思う。どこかで見たマンガの1ページが急に目の前に現れたように感じた。なにかのミステリーだったと思う、主人公が誘拐される一コマだ。

 ほとんど消えかける意識の中で、何故だか、殺されることはないな、と確信した。

 

 目覚めたのはベッドの上で、あまり気分は良くなかった。頭がガンガンして吐き気がする。

 呻きながら、横を向くと、女の人と目が合った。

 ハッとした面持ちの彼女は、携帯を取り出して電話をかける「はい、目を覚ましました。はい、はい…」などと受け答えしている。電話を切ってから、やっとタケルヒノに話しかけた。

「大丈夫?」

 すくなくとも大丈夫では絶対ない。タケルヒノは頭を振ろうとしたが、吐き気がこみ上げてきて無理だったので、いいえ、と小さく呟いた。

 彼女はサイドテーブルの水差しをとってコップに水を注ぎ、タケルヒノに差し出した。タケルヒノは起き上がるとベッドに腰掛け、彼女の目を凝視した。

 彼女はタケルヒノの視線に硬直していたが、しばらくして気まずくなったのか、目を逸らした。コップをテーブルに戻して、何かを言いかけたその時。

 部屋のドアをノックする音が響いた。

 その音に弾かれたように振り向いた彼女は、ドアに駆け寄り、開けるより早くしゃべりだした。

「バイタルは問題ありません。麻酔のせいで、気分は悪いのだと思いますが、その…、彼も、目が覚めたばかりなので…」

 ドアの向こうから現れた男は、早口でまくしたてる彼女を押しとどめると、言った。

「君は、もういい…。あとは私がやるから」

 彼女は、男とタケルヒノを交互に見くらべ、あわてて一礼すると部屋を去った。

 彼女を追い出した男は、慎重にドアを閉めると、振り返って、深々と頭を下げた。

「たいへん申し訳ありませんでした。謝ってすむとも思えませんが、まずは、謝罪させていただきたい」

 タケルヒノが無言で見守っていると、長い沈黙の後、男がようやく顔をあげた。

 さっき道を塞いだ三人の内、真ん中の男だった。

 さて、どうしたものか。気まずい思いで、タケルヒノはテーブルのコップに手を伸ばす。口に含むとほのかにレモンの香りがした。

 ほんのひとくちだったが、なかなか飲み下すことができず、しばし口の中をまわしてみる。

「話を…」ようやく嚥下した水は食道を通り抜けるのにとてつもない時間を要した「うかがえますか?」

 窓のない部屋である。埋め込みの間接照明だけで照らされる壁を、男は、じっと、見つめていた。

アレ(丶丶)に乗っていただきたいのです」

 男が見つめているのは実際には壁ではなく、その向こうの空に見えるハズのものだ。

「どうやって?」

「迎えがきます。向こうは迎えを寄越すと言っている」

「なぜ?」

 タケルヒノの問いは至極まっとうだ。それゆえ、男の表情にはいままでにない苦悶の色が浮かんだ。

「わからない」

 まあ、そうだろうな。タケルヒノはまるで他人事みたいな感覚で、その言葉を聞いていた。

 また沈黙が続いた。男もほとほと困っているのだろう。なにか気の毒なような気がしてきて、タケルヒノは男に尋ねてみた。

アレ(丶丶)、何なのですか?」

宇宙船(うちゅうせん)です」こんどは即答だった「だから我々には、もうどうしようもない。我々はあんなものを建造する術は知らないし、要求に抗することもできないのです」

「はぁ…」タケルヒノは相槌を打ったが、それでなにかを納得したわけではない。頭の方もだいぶ薬は抜けてきて楽にはなったが、それにしても…

「わかりました」

 そろそろ潮時かな、と、なにげなく思ったのは確かである。

「行きます」

「え?」

 男は明らかに狼狽していた。

「いいんですか?」

「いや、よくはないですけど…、でも、しかたないんですよね?」

「あ、はあ、まあ…」

「じゃ、いいです。そういうことで…」タケルヒノはここで少しだけ、上目遣いで問いかけた「…あの、そちらは、それでいいとして、ボクが今できることって何ですか? たとえば、少しだけ時間をもらって、いったん家に帰ってとか…」

 あからさまに男の顔が曇る。

「…ああ、ダメそうですね…」

「はい…、…すみません…」

 タケルヒノは改めて男の顔を見つめた。自分の父ほどの歳ではないだろう。しかし、お兄さんというほどには若くないと思う。こういう面倒な仕事をしてそれなりにキャリアは長いのでは、と思うのだが…

 こんな簡単に感情が顔に出るようなことで良いのだろうか?

「不自由をおかけして申し訳ないが、ここから出ることだけはご勘弁願いたい。逆にこの部屋の中でなら何をしても構いません」男は言った「トイレとシャワーは部屋に備え付けのものを使用してください。食事の方は、なるべく希望にそうようにしますので、遠慮なく申し出てください。何か好きなモノは…」

「いや、別に」タケルヒノは頭を振った。死刑囚への最後の晩餐かな? 少し笑ってみようかと思ったが、うまくいかない。

「何かご希望があればこれで…」男は持参した携帯電話をタケルヒノに差し出した「思いついたら連絡してください、あまり無理なものでなければ、何でも取り寄せますので、我々が、あなたたちに…」

「あなたたち?」タケルヒノは男の言葉を聞き逃さなかった「他にもいるんですか? ボクだけじゃなく?」

 男は押し黙った。やっぱり向いてないな、この人。

 タケルヒノが事象を脳内で反芻する。相手にしてみればわずかな瞬きに過ぎぬ時間内に、彼は思考を完了した。

「勉強がしたい」

「え?」

「ボクは勉強がしたい」タケルヒノは繰り返す「語学がいいな。いろんな国の言葉を学びたい。ねぇ、学生の本分は勉強ですよね。あなた、なんでもしたいことをして良いって言いましたよね。ボクは勉強したい。語学を、いろんな国の言葉を」

 タケルヒノのいきなりの剣幕に男はたじろぐ。タケルヒノは差し出された携帯電話を取り上げ、男を押し出すようにドアのほうに向かわせた。

「いいですか? いろんな国の言葉ですよ。とくに実用的なやつを。あとは何かあったら電話しますから」

 男を外に押し出し、ドアを閉める前にも繰り返した。

「晩御飯は適当でいいです。語学の先生を、とにかくお願いします」


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