デルボラ(14)
「あとはやるから、いいぞ」
ボゥシューに言われたからといって、はいそうします、とは言えない。
ジムドナルドは、ミウラヒノの体を治療室まで引きずっていった。自分と半壊した励起子体とをつなぐ、固定用のワイヤーを外すと、エネルギーポッドの中に投げ込んだ。
「こら、お前もだ」
脚を無造作に振ると、ヒューリューリーが解けて、目の前に浮いてきた。巻き付かれていた脚はしびれて、まだ感覚が戻らないが、巻き付いていたほうも、疲労困ぱいらしく、完全に弛緩して、だらしなく伸びている。
エネルギーポッドの中、ミウラヒノは、だらりとして動かない。
えぐられた脇腹の切断面だけが、別の生き物のように蠢いて、盛り上がっていく。
「この程度ですんで、何よりだったな」
ポッドを調整するたび、ミウラヒノの顔に苦悶の表情が浮かんだが、ボゥシューは、そのことについては、あまり注意を払ってないようだった。
「あのな、ボゥシュー」
ジムドナルドは言った。
ん? という感じで、ボゥシューが顔を上げた。
「タケルヒノからの伝言だ。帰りが遅くなるが、あまり心配しないでくれ、だそうだ」
それだけ言って、ジムドナルドは、ひとつ大きく嘆息をついた。
ボゥシューは、しばらくの間、じっと、ジムドナルドの顔を見つめていた。
それから、エネルギーポッド制御用コンソールに向き直ると、また、ポッドの調整を続ける。
「いま、どこにいるんだ?」
「デルボラの造った胞障壁の中だ。引きずり込まれたわけじゃない。タケルヒノが自分で入った」
「自分で入ったのなら、大丈夫かな?」
「たぶん…、な」
それきり、ボゥシューは何も聞かなかった。
ジムドナルドも、無言で、部屋を立ち去った。
へろへろと、新米の宇宙飛行士みたいな姿勢で、ジムドナルドは管制室に飛んできた。入り口の壁を蹴って、中央に寄る。イリナイワノフの側に移動して、声をかけた。
「ありがとう、助かった」
イリナイワノフの顔が、一瞬、ほころぶ。
だが、それも一瞬だけで、不安な思いを吐露した。
「デルボラ、どうなった?」
「あれぐらいじゃ、死にゃしないよ」
いつものジムドナルドの軽口だ。あれぐらいは、事実上、宇宙船の最大攻撃だった。
「だが、時間稼ぎにはなる。あれぐらい、やっとけば、しばらく動けんだろう。ん?」
ふと見ると、ジムドナルドの見知らぬ顔がいる。
ジルフーコの隣、サイカーラクラと話し込んでいる、壮齢の婦人。
栗色の髪をすっきりと結い上げている彼女は、どことなく、雰囲気がサイカーラクラに似ていた。
ジムドナルドが唖然として見つめていると、彼女のほうも気づいて、近寄ってきた。
「お久しぶり、ジムドナルド。あの宿六が、迷惑かけたみたいで、すみませんでした。でも、無事なようでなによりです」
「ダー」思わず、ジムドナルドは叫んでしまった「何だ、その格好は?」
ダーは軽く両手を広げて、掌を上に向ける。
「何だ、と言われても…。宇宙船の中だけなら、前のほうが機能的ですが、外に出て人に会うとなると、やはり目立ちますからね。こういう格好のほうが、他の胞宇宙の人と話し合うのには都合が良いんです。あと、料理は、このボディのほうが少し楽ですね」
「そ…、そうか」めずらしく、ジムドナルドが、あわてている「まあ、格好のことなんかどうでもいい。ちょうどいい所に来てくれた。あんたの助けが必要だ。胞障壁を超えてくれ。行き先はどこでもいいんだ。とにかく、ここから出られればいい」
え? と、ダーが困惑の表情を浮かべる。
「無理ですよ」
「何で? だって、あんた、胞障壁を超えて、ここに来たんだろ?」
「それは、そうですけど」ダーは困っている「わたしはデルボラには来れますが、デルボラから出ることはできませんよ」
「何だって?」ジムドナルドは叫んだ「じゃあ、何で来たんだよ」
「タケルヒノがいると思って」ダーの声は急に小さくなった「もしかして、いないの?」
「ああ、まあ…」
そう言われて、我に帰ったジムドナルドのテンションも下がる。
「まあ、なんだ、こっちもいろいろあってな。いないと言えば、…いないようなもんかもな」
ダーの動作がコンマ数秒停止したが、すぐに動きを取り戻した。にっこりと微笑む。わざとらしくて違和感があるが、まだ、こういうのには慣れてないらしい。
「がっかりしないで、ジムドナルド。実は、来たのは、わたしだけじゃないの。強力な助っ人を連れて来ましたから。いま、呼びますから、待っててね」
「助っ人?」
不審げなジムドナルドの問いに、ダーが肯くのとほぼ同時に、一体の宇宙服が滑るように管制室に入ってきた。
絶妙のスラスター制御でダーの隣に、ピタリと、止まる。
ヘルメットを外して、現れた顔に、ジムドナルドは驚愕した。
「エイオークニです」
きりり、と、ひきしまった顔で挨拶する、エイオークニ。
「おひさしぶりです、ジムドナルド博士」
「ふざけるな、馬鹿野郎」めったに出ることのない、ジムドナルドの怒りが炸裂した「よりによって、この役立たずだと? ふざけるのも、いいかげんにしろ」




