デルボラ(13)
多目的機まで、巻き上げ速度を緩めずに、飛ぶ。
最初の分かれ道、皆が離れ離れにされたところを過ぎて、ジムドナルドは、ライフワイヤーのラッチをはずし、慣性で外殻ゲートまで移動した。
遠隔操作で多目的機下部の銃座をぶっ放し、ゲートを破壊する。
同時に、多目的機の補助エンジンが点火された。空の機体はゆっくりと滑るように、破壊されて穴の空いたゲートへと送りだされる。
「乗らないのか?」
尋ねるビルワンジルに、ジムドナルドが答えた。
「デルボラが来る。おっさんを打ち抜いちまって、多少動揺してたみたいだが、すぐ追っかけてくるさ。多目的機に乗るのは、棺桶に入るのと同じだ」
「さっきは、何があった?」
「お前が胞障壁を壊したから、デルボラには、俺たちを足止めする方法がなくなった。あわてて無限大の力を解放したのさ。もう一回、胞障壁を生み出すには時間がかる。俺たちに逃げられると思ったんだろう。それで、このおっさんが…」
ジムドナルドは、右脇に抱えたミウラヒノを見て、笑んだ。
かろうじて、意識を保っているミウラヒノは、つられて笑おうと表情を変えたが、顔の一部が歪んだだけで、それは、もう、笑顔というようなものでは、まるでなかった。
「デルボラをかばって、このザマだ」
「オマエをかばったんじゃないのか?」
少し、気の毒そうに、ミウラヒノを見たビルワンジルが、言った。
「無限大の力は完全に反射できる。デルボラも、このおっさんも、それを知ってる。ルミザウじゃあるまいし、デルボラがそれでやられるなんてありえないが、まあ、おっさんも、とっさのことで、頭がまわらなかったんだろ」
ジムドナルドは抱えていた腕をはずすと、ショートワイヤーを、カチッとラッチに入れ、自分とミウラヒノをつなぎ直した。ヒューリューリーは脚に巻きつけたままだ。
「行くぞ」
ジムドナルドは、ビルワンジルに言うと、スラスターを効かせて、多目的機の後を追った。
「おい、宇宙船まで、それで行く気か?」
「馬鹿いうな」
ジムドナルド体を反転させると、ビルワンジルに、早く来い、と指図する。
「こんなトコ、ずっといたら危ないに決まってるだろ。とにかく、ここから離れるんだ」
「その後はどうする?」
「まあ、なんとかなるだろ」ジムドナルドは笑った「いままでだって、なんとかなってきたじゃないか」
多目的機の後追いは、すぐにやめて、左舷側にどんどん距離を離していった。
ゆったりと遠ざかる多目的機は、すぐに米粒ほどの大きさになったが、宇宙の闇とは別の闇が、その点を囲むように蠢きはじめる。
――来たか
ジムドナルドは、その異質の闇から、できるだけ遠ざかるべく、スラスター出力を最大に上げた。
ビルワンジルも当然のように追従する。
スラスター出力は同じでも、ジムドナルドと違ってお荷物がない分、容易に追いつける。
闇は、勢いを増し、膨潤していくが、突然、その成長が止まった。
ジムドナルドは、ビルワンジルに合図して、スラスターを止めた。慣性飛行で進む。
――あと、3本か
背中の槍の数は確かめずともわかっている。足りないが、それは、しかたのないことだ。
触手のように幾本も伸びた闇が、周囲を探っているのが見える。そのうちの1本が、あきらかにジムドナルドたちのほうを向いた。
「見つかったか」ジムドナルドは、再びスラスターを吹かした「しょうがない、とりあえず全速で行こう」
向こうとの間は、相対距離。
いくら、こちらが遠ざかろうとも、追うほうが速ければ、差は縮まる。
闇が、闇のままで押しよせてくる。
デルボラが、素で追ってきていたら、とうの昔に追いつかれていただろう。
胞障壁をまとって、追いすがるのは、
スピードが遅いという点では、ありがたかった。
それでも、距離は、じわじわと詰まった。
踊り狂う極彩色の黒い蛇が、
ジムドナルドに牽かれる、ミウラヒノに迫った時、
握りしめていた右手の槍を、
ビルワンジルが放った。
闇は消し飛び、
その中から現れたデルボラが、淡く、輝く。
「やっと、追いつけました」デルボラの声が真空に響く「まだ、帰るのは、少し早いと…」
デルボラの言葉を断ち切り、暗号回線を外して、思い切り、ジムドナルドが叫んだ。
「イリナイワノフ」
闇が光に変わった。
閃光は文字通り、瞬く間。
そして、
静寂が舞い戻った。
一瞬の光条は、ジムドナルドの瞳を焼き、かなり長い間、傍らのビルワンジルの姿すら見ることは困難だった。
「もう、大丈夫なのか?」
ヘルメットの中にビルワンジルの声が響く。
「しばらくは、な」
ジムドナルドは答え、目をしばたいて、辺りを探る。
視力の戻りは遅かったが、どうにか、目的のものを見つけることができた。
漆黒の空間に浮かぶ、銀色の点。
それは、次第に拡大し、形がわかる頃には、急速に接近してきた。
新型の多目的機の上部ハッチが開き、宇宙服のヘルメットがのぞいた。
「早く乗って」
ジルフーコがせかす。
ジムドナルドが、ヒューリューリーとミウラヒノごとなだれ込み、続いて、ビルワンジルが飛び込んだ。
ハッチが閉まると同時に、ジルフーコが叫ぶ。
「どこでもいい、つかまれ」
ジムドナルドが椅子にしがみつく。
信じられない加速に襲われ、ミウラヒノと結ばれたワイヤーが、ジムドナルドを引きちぎらんばかりに引っぱる。
右足も太い紐でぎりぎり締め上げられる。
ヒューリューリーだって必死だ。
ビルワンジルは壁を背に、両手を広げて踏ん張っていた。
記憶が遠く小さくなりかけた時、
はるか遠くに、ジルフーコの声。
「大丈夫だ。ボゥシュー、ミウラヒノを。あとのみんなは 管 制 室に」




