デルボラ(11)
管 制 室左隅、3つある副操縦席のうちのひとつに、ボゥシューが陣取っている。
ジルフーコは当然、メインの操縦席に座っていて、あとはイリナイワノフ。その3人の間を、いそがしくサイカーラクラが行き来している。
ごめんなさい、と、足下に侍るザワディをまたいで、サイカーラクラは、ボゥシューの耳元でささやいた。
「イリナイワノフは、大丈夫でしょうか?」
ボゥシューは、コンソールを切り替えて、イリナイワノフの生体情報を表示する。
「特に問題はないが」ボゥシューは、そう言いつつ、次々とグラフを切り替えていく「だいぶ時間もたったからな、疲労が心配だ。コクピットには過酸素ジェルカプセルを勧めたんだが、あれなら、もう少し体への負担が少ない」
イリナイワノフは、流体カプセルは遅延が大きすぎてダメだと言う。
ジルフーコも、こればかりは改善の余地がなく。結局、ボゥシューが折れた。
「休憩を取るわけには、いかないんでしょうか?」
「イリナイワノフの性格から言って、無理だろうな」
ボゥシューは、中央の丸い檻に、一瞬、視線を投げた。
「それに、いま、あそこから離れたら、全てが無駄になるかもしれない」
「私が代われれば良いんですが…」
「…そうだな」
もともと宇宙船の基本設計は、情報体向けになっている。
ジルフーコが手を入れているとはいえ、いまだ基幹部分は情報体のほうが操作性は良い。
サイカーラクラが言うのも、その部分だが。
即時反応性、フィードバック特性、慢性疲労耐性、そのすべてにおいて、実は、サイカラークラのほうが、イリナイワノフよりシステム親和度は高い。
だが、いくらそれらの数値が高くても、当たらないのでは、どうしようもない。
その一点で、イリナイワノフは代えがきかないのだった。
「ボゥシュー」
サイカーラクラは、ますますボゥシューに顔を近づけ、ほとんど頬がくっつくくらいになった。
「どうした?」
「ジルフーコが最近、ヘンです」
「え? そうかな」
もちろん、ボゥシューにだって、思い当たる節はあったのだが、サイカーラクラには言いづらかった。
「ええ、私の思い過ごしかもしれませんけど」
「デルボラに来て、みんな、気が立ってるからな。八つ当たりでもされたか?」
ボゥシューは、わざと見当はずれのことを言ってみたが、こういうことは苦手だった。悔しいが、タケルヒノやジムドナルドは凄いんだな、とヘンなところで感心した。
いえ、とサイカーラクラは首を振る。ボゥシューの言葉を真に受けたらしい。
「八つ当たりとか、そういうことは、ジルフーコはしません。以前より、優しいくらいです」
「そ、そうか…」
「ジルフーコは…」
サイカーラクラの表情は沈んでいた。
「話しが先へと先へとすべるのです。私の考えが、声に出すより先に漏れ聞こえているみたいです…。お父さんと同じみたい…」
サイカーラクラは、とまどい、一度は飲み込んだ言葉を、結局は、口にした。
「ジルフーコは、もう、人間ではないのですね?」
「まあ、そうだけど」
ボゥシューは軽い感じで答えた。声は少し震えていたかもしれない。
「誰もそんなこと、気にしない。ジルフーコもだ」
サイカーラクラは、微笑もうとして失敗した。泣きそうな顔になった。
「私の時もそうでした。誰も気にしなかったけど、私だけ気にしてました。気にしなければ良いのでしょうが…」
「ジルフーコが励起子体になったのは、タケルヒノのためでも、サイカーラクラのためでもない」
え? と、顔を上げたサイカーラクラは、ボゥシューの目をのぞき込んだ。ボゥシューは、その眼差しを受け止めた。
「ジルフーコが言ってた、と、タケルヒノが言ってた」
「そうですか」
サイカーラクラの表情から険が取れ、柔和なものに変わった。
「私、少し自惚れても良いでしょうか?」
「そんなこと知らん、ジルフーコに聞け」
ボゥシューは、前方の操縦席に座るジルフーコの背中を見やった。
「…と言いたいところだが、無理そうだな」
「ですね」
サイカーラクラは、やっと笑った。
「だな」
ボゥシューも笑った。
サイカーラクラが席を離れた後。
ボゥシューはコンソールを切り替えて、デルボラ=ゼルの遠景を映し出す。
漠然とデルボラ=ゼルの様子を眺めているうち、ふと、得体のしれない不安がボゥシューを襲った。
「ポッドの用意でもしておくか」
ボゥシューは副操縦席の端を蹴ると、出口の方向へと飛んだ。
「杞憂なら、それでかまわないが、あまり、まともには、おさまりそうにないな」




