デルボラ(9)
「ティムナーの件は、結果が出るには、まだ時間がかかりそうですね」
「あれこそ、やっても、やらなくても、大差ないと思いましたが」
「でも、やりましたよね」
タケルヒノの言い訳めいた口調に、責めるつもりはなくとも、ついついデルボラは口を出してしまう。
「環境負荷についてはね。確かに何とかしたほうが良いけれど。エネルギーを消費しない、もしくは他のエネルギーで代替するという方法があるわけで、理由のひとつにはなっても、主因になるようなもんじゃ、ありません」
「宇宙船を壊す。あるいは、そこまでしなくても、レーザーを止めるだけで良かったのに、そうしなかった理由は?」
「一度アクセルを踏んでしまったら、戻したり、ましてや、ブレーキを踏むのは、とても危険です。自分でやったのでなく、他からのちょっかいでそうなったのなら、なおさらそうです」
ああ、と、デルボラは、気まずそうな顔をした。
「暴走、とまでは言いませんが、ルミザウも、もう少し考えてやってくれれば、とは思っていました」
「あんたの処の光子体は」ジムドナルドが横から口をはさむ「いろいろとアレなのが多いな。何故だ?」
「何故と言われても」デルボラは首をすくめてみせた「光子体嫌いのわたしの所に来るくらいですから、まともな神経ではないでしょう」
「レウインデも、そう言ってたよ」
「レウインデ? ああ、彼ならそう言うでしょうね」
デルボラは、再び、タケルヒノを向き、意味ありげな口調で言った。
「ティムナーのエネルギー消費に制限をかけたというのは、ウソですね?」
「まるっきりのウソではありませんよ」タケルヒノは不満気だ「全消費の20パーセントというのはウソですが、発展阻害が生じるようなエネルギー消費には制限をかけてあります」
「何故、20パーセントなどと言ったのです?」
「そうでも言わないと、ラクトゥーナルが煩くてかないません」
「ああ、ラクトゥーナル、ね」
その名前を聞いて、デルボラもようやく納得したようだった。
「ようするに、滅亡に突き進む大過剰のエネルギー消費以外は、文化技術レベルにエネルギー消費は関係ないと?」
「エネルギー消費の全量、というか、平均値にも最頻値にも意味はありません。限界突破に必要なのは、個人というか、突破小集団にどれだけエネルギーを偏在させることができるかです」
「選択と集中ですか?」
「いいえ、情熱と暴挙です」
なるほど、とデルボラは言った。
「もともと、普通の人間など、いくら増えたところで、何も変わらないわけですからね」
「ティムナーについては、重要なのは、エネルギー量ではなくて、投下され続けるエネルギー伝送装置の方です。あれを分解して中身を解析できるようになるかどうか、それが、ティムナーの今後を決めるでしょう」
「そう、問題はそこです」デルボラも同意した「ルミザウには、それがわからなかった。エネルギーだけを問題にして、その基盤技術を解放することを拒んだ。ああいうのは、どうかと思うのだが…」
「いや、俺には、よくわかるぞ」ジムドナルドは、したり顔で言った「ルミザウが、何故、ああいう方法を取ったのか」
自分に向けられた2人の顔を、満足そうに眺めながら、ジムドナルドが続けた。
「デルボラ、あんたも、タケルヒノも、あと、ジルフーコもか、次元変換駆動の仕組みをよくわかってるから、そういうことが言えるんだ。ルミザウにはそれがわからない。魔法の技術で、結果だけを受け取った。そしてそれをティムナーに持ち込んだんだ。自分でわからないことを、ティムナーの人間に理解されるのが嫌だったルミザウは、ああいう方法をとるしかなかった。それだけ。それだけのことだ」
ひとしきり、ティムナーについて語り合った後、デルボラは、ハリューダンのことを切り出した。
「海が欲しかったそうですね」
「まあ、そうです」
タケルヒノは、はにかみながら答えた。
「それが、君の夢ですか?」
「夢?」
「たとえば、海のない惑星に海を作ること」
デルボラは、そこだけ何故か、歌うように言った。
「君が他の胞宇宙でしてきたことと、ハリューダンだけが、違う。だから、あれが、君の夢なのかと思いました」
「夢ってわけでは、ないです」タケルヒノは言った「夢なら他にありますし」
「あるんですか?」デルボラが身を乗り出して尋ねてきた「どんな夢です?」
「そんな大それたものじゃないんです」タケルヒノは遠慮がちだが、はっきりとした口調で答えた「いまはいろいろ忙しいですけど、落ち着いたら、素敵な女性と結婚して、家庭を持って、子供と家族と、それに気心の知れた友だちと、仲良く暮らすんです」
デルボラは絶句し、それから、大きく嘆息した。
「途方もない夢ですねぇ」デルボラは、少し気の毒そうな目で、タケルヒノを見つめた「君のような人にとって、それは、とても難しいことですよ」
「自覚はあります」
そう、そうですね、デルボラは、思い直したように言葉を続けた。
「とても、困難だとは思いますが、逆に言ったら、君になら、できるのかもしれません」




