デルボラ(7)
「ダー、というのは、第2類量子コンピュータのことですね」
「そうだよ」
「わたしも、ダーに会いたかった」
それは、デルボラの偽らざる気持ちだった。
「君たちと一緒に来てくれるのだとばかり、思っていたのですが」
デルボラが、ほんの少し、恨みがましい目を向けた。
「そんな目で睨むなよ」ジムドナルドは、おどけた調子で言った「おっさんに会うのが嫌だって、ファライトライメンの前で逃げちまった」
「宇宙でいちばん賢いコンピュータですからね」
デルボラは、もう諦めたようだった。
「第2類量子コンピュータの構築、彼がした失敗の中でも最大級のものですから、ダー、が、会いたくないと言うのも無理はありません。後付の改善策が、またヒドイものでしたし」
「サイカーラクラのことか?」
ええ、まあ、と、さすがのデルボラも言葉をにごした。
「ダーは、サイカーラクラに会えて、とても喜んでたよ」
「それは、良かったです」
デルボラは、ほっとした表情を見せた。が、ふと思い出したように付け加えた。
「君とわたしが似てるんですか?」
「ダーは、そう言ってた」
「それは、おかしい」デルボラは言った「少なくとも、君は、馬鹿じゃあない」
「頼まれたからって、こんな辺境に来るほどには、馬鹿でおっちょこちょいだ」ジムドナルドは笑った「ダーが似てる、って言ったのは、報われない思いのことだよ。永遠の片想い、ってやつだ」
「報われないのは確かですが、君は受け入れられている。わたしとは大違いですよ」
「受け入れられないのは、あんたのせいじゃないだろ。俺とあんたで違うのは、相手だよ」
「その通りですが」デルボラは無理に笑おうとして失敗した「自分で言っている分には気にも留めませんが、他人に彼のことを悪く言われると腹が立ちます」
「俺だってタケルヒノの悪口言われたら、腹も立つさ」
「彼の悪口を言う人なんかいるんですか?」
「ボゥシューが言うよ。俺も言うけどな」
ボュシュー、と、デルボラがその名を口にした。
「彼女にも会いたかったのですが、来ていませんね。残念です」
「誰か死んだときに、ボゥシューが巻き添え食ったら困るからな」
「どういう意味です?」
「ボゥシューなら、生きのいい死体なら蘇らせるだろう、ってことだよ。あの女、それぐらいのことは平気でやるからな」
「光子体や、生きてる人間を、作り変えたりするぐらいですから、やろうと思えばできるでしょうが、あまり彼女に面倒をかけるのもどうかと思いますよ。それに、生きのいい死体、って何です?」
「生きが悪いとクローンになっちまうだろ? まあ、どっちにしろ、ボゥシューが必要だと思ったら、何だって造るさ」
「死んですぐなら、本当に生き返らせるということ?」
「冥府の女神みたいなもんだからな。そのへんは、あいつの匙加減ひとつだろ」
「会うことがあったら、くれぐれも嫌われないようにしますよ」
「そいつは名案だな」ジムドナルドは肯いた「俺も、もうちょっと早く気づいてればな。もう手遅れだが」
「ボゥシューは、君を嫌っているのでなくて、牽制しているだけですよ」
「牽制? 何が?」
「彼女はとても嫉妬深いと聞いていますから、タケルヒノに近づく者には見境なく苛立つのでしょう」
「ずいぶん、詳しいな」
「わたしも、そうですからね」
ジムドナルドはヘルメットのバイザー越しに、じっと、デルボラを見つめた。
「あんたの、その苛立ちが、すべての元凶だよ」
ジムドナルドは言った。
「おっさんは、あんたに悪気はないと言ってたが、まあ、嘘だ。光子体の存在を脅かす波動は、あんたの、その苛立ちからきてる。あんたは光子体が嫌いなんだ」
「いけませんか?」
デルボラは挑むように肩をそびやかす。
「いけなくはないさ」ジムドナルドは、軽くいなす「俺も長生きしたいだけの理由で光子体になるようなヤツは嫌いだからな」
「わたしの夢は…」
デルボラは虚空を見つめた。ジムドナルドに向けても良かったのだが…、
そこまでの自信はデルボラにはなかった。
「彼が、思う様に宇宙を駆け巡り、そして、わたしの知り得ない未知の宇宙を知らしめてくれること。それが、わたしの希望。そして、彼の夢。そのために彼は光子体になったのに。永遠の命の秘密を分け与えないことは不公平だとか、なんとか、くだらない理由で、あれもこれも、あんな馬鹿ども、光子体になっても、他の胞宇宙に行こうともしない、あんな輩に、いったい何の…」
入り口から差し込む光があった。
何の変哲もない、ヘルメットに付属のサーチライトの光だ。
「あんまり退屈だったので、来てしまいましたが…」
通路の壁を蹴って現れたタケルヒノは、スラスターを最小で吹かして、体を止めた。
「まだ、話し中だったかな、すみません」
デルボラはもとより、ジムドナルドすら唖然とした中、タケルヒノは言った。
「こんにちは、デルボラ。タケルヒノです。あなたに会えてとても嬉しい」




