デルボラ(6)
「よ、意外と早かったな」
デルボラの姿が見えるなり、ジムドナルドのほうから声をかけてきた。
「もっと、ヒューリューリーと話し込むのかと思ってた」
「あまり、お待たせするのも、どうかと思いましたので」
デルボラは言い訳したが、彼の方にも理由はあった。
デルボラは、ずっと、ジムドナルドと話したいと思っていたのだ。
「胞障壁ってのは、何だ?」
ジムドナルドが、唐突に、尋ねてきた。
「いきなり、凄いことを聞きますね」
デルボラが呆れ顔で言った。
「つまらんな」ジムドナルドが返す「あの、おっさんと、まったく同じ返事だ」
デルボラは、意味ありげに微笑むと、右手の人差指を立て、虚空を指した。
指の先端から、極彩色の闇が漏れだす。球型に膨らんでいくそれは、内部に渦を散らしながら、小刻みに脈動している。
「こんなものですが」デルボラは、ジムドナルドを向いて笑った「これが何なのかは聞かないでください。わたしも良く知らないので」
「次元変換駆動理論の応用としては出来の良い部類だ」ジムドナルドは、眼前に振動する闇色の渦に注視しつつ、言葉を続けた「ダーの立ち上げ機と原理は同じだな。装置なしで出来るぶん、あんたのほうが便利そうだ」
それを聞いたデルボラは、いささか意外な面持ちになった。
「君、こういうのは、苦手だと聞いていたのですがね」
「苦手だよ」ジムドナルドは平然と答えた「苦手だが、理解できないわけじゃない」
やれやれ、という顔でデルボラが言う。
「そういうことは、もっと早くに言って欲しいものです。わたしが馬鹿みたいじゃないですか」
「あんたは馬鹿じゃないさ」ジムドナルドは皮肉な笑みを浮かべる「だから、みんな困ってるんだ」
デルボラは右腕を戻し、胸の前で両腕を組んだ。
「では、君の得意分野の話しをしましょう。君が得意ということは、わたしが不得意、ということです。君の専攻は、たしか…」
「社会宗教学」
「そう、それ」
デルボラは、パチンと指を鳴らした。音が部屋中に、否、デルボラ=ゼル中に響き渡る。胞障壁を創り出すより、こちらのほうが、あり得ない。
「ということは、まさしく君の専門なわけです。ジムドナルド教授」
デルボラは、わざわざジムドナルドを、教授、と呼んだ。
「タケルヒノ、とは何者です?」
「何者もなにも」ジムドナルドは間髪入れずに返す「見たまんま、あの通りだよ。レウインデも言ってたろ?」
「信じられませんね。少なくとも、納得はできない」
「納得なんざ、する必要はない」
ジムドナルドの声は一本調子で、抑揚のない、棒のような声だ。
「俺たちは胞障壁を超えてきた。でも、俺たちはタケルヒノに連れて来てもらっただけで、本当に超えたのはタケルヒノだけだ。あのおっさんも、今回、超えたことで、自分が本当は超えてなかったのに気づいたらしい」
「本当ですか?」
デルボラの目が怪しく光った。
「わたしも前からそう思っていました。あの超え方は光子体の超え方だろうと」
「そっちは信じるのに、タケルヒノのほうは信じないのか?」
「理論上は、そうでも、信条的には無理です」
「面白いこと言うな。まあ、いい。タケルヒノについて、俺から言えるのはこれぐらいだし、あとは本人に聞いてくれ」
「本人に聞いたって、わからないと思いますよ」
「そりゃ、そうだが、本人から聞いたら、あんただって納得できるかもしれないだろ?」
「もちろん、このあと会うつもりです」
蒼白、と言うのは正しくないだろう。それは重中性子体の色であって、デルボラの顔色ではないから。
「レウインデも、一度会え、と言ってましたしね。もう、タケルヒノのことは結構です」
よく悲鳴を上げないもんだな、自分でつついておきながら、デルボラの自制の強さに、ジムドナルドはあらためて驚いた。
「どうにも、得手、不得手の絡む話しは難しい」
やや落ち着きを取り戻したデルボラは、やっと、笑ってみせた。
「まだ、そこまで行く必要はないんです。タケルヒノとも、そして古い友人にも会ってない。本当は君たちの宇宙船で留守番している人にも会いたい。まあ、それは、後のことです。もっと、楽しい話しをしましょう。そうだ…」
デルボラはくるりと一回転してみせた。燕尾の端が、ふわりと舞い上がった。
「君は、わたしのこと、どう思いますか?」
「ずっと、会いたかった、さ」
ジムドナルドは言った。
「ダーが言うには、俺は、あんたに似てるんだそうだ。それを聞いてから、俺はずっとあんたに会いたかったよ」




