デルボラ(5)
ヒューリューリーのいる部屋は、しばらく前から明るかった。
部屋の中央に突き出た止まり木に、彼はくるりと巻き付いていた。
ビルワンジルの声は、通信回線を通して、ずっと聞こえている。
デルボラの声も、理由はわからないが聞こえていた。
だから、その場にいなくとも、その気になれば、ビルワンジルとデルボラの会話に口を挟むことはできたのだと思う。
でも、ヒューリューリーは、そうはしなかった。
他の3人が、沈黙していたのも理由のひとつだが、
やはり、礼儀を欠く、という点は、デルボラならずとも、ヒューリューリー的にも我慢ならないところなのだ。
ヒューリューリーは、辛抱強く、自分の番を待った。
「お待たせしました」
不意に現れたデルボラが言う。
「ヒューリューリー、君に会えて、とてもうれしい」
「それは、ダンスの服ですね」
ヒューリューリーは、デルボラのタキシードを認めて、言った。
「男性の服です。その服を着た人は、着飾ったご婦人にむかって、ダンスはいかが、と言うのです」
「素晴らしい」
デルボラが驚嘆の声を上げた。
「君が地球通だというのは、驚くべきことです」
「早速ですが」
ヒューリューリーは展開した頭部操作盤を叩いて会話を続ける。この部屋は大気がないから風切音は起こらない。でも、普通に体を回してもデルボラには通じる気はした。たとえ音が出なくても。だが、他のみんなには聞こえないだろう。だから、操作盤を1字ずつ慎重に押した。
「私たちの遺伝情報をいじったのは、あなたですか?」
デルボラは、それを聞いて、満足の笑みを浮かべた。
「やはり、気づかれましたか」
デルボラは言い、ヒューリューリーに向けて手を伸べた。
「偶発的な遺伝子変化ぎりぎりのところで止めたつもりだったのですがね。でも、やはり、気づいて欲しい、という思いはありましたから、それが出てしまったのかもしれませんね」
ヒューリューリーは、伸べられたデルボラの腕に軽く巻きつき、挨拶すると、もとのとまり木に戻った。
「感謝、したほうがいいのかどうか、私にはわかりませんが、でも、やはりお礼は言うべきですね。…ありがとう」
「そうですね」
デルボラは言ったが、ヒューリューリーの、どの部分を肯定したのかは曖昧だった。
「感謝、ということなら、君は宇宙船の仲間になら、素直に感謝できるでしょう。でも、わたしには、ね。ある意味、恨まれてもしかたのない事ですし」
「サイカーラクラには、ありがとうです」
「そう、そうですね」
デルボラの顔が曇った。
「サイカーラクラには、あの子には、とてもヒドイことをしてしまいました。いくら彼が、あんなだからとは言え、あの子には関係ないことだったのに、もっと、うまくやれたかもしれなかったのに…」
「それは、無理でしょう」ヒューリューリーは即座に否定した「サイカーラクラはとても優しいですから、あなたが手を抜こうがどうしようが、あの人を全力で守るでしょうし、そうなったら、あなたが何をしても同じです」
「わたしたちは、欠陥品なのです」
デルボラは、切なげな表情で訴えた。
「彼も、わたしも…、関わる人を不幸にします」
「言いたいことは、わからないでもないですが」ヒューリューリーは言った「少なくとも、ジムドナルドは、そんな弱音は吐きませんよ」
沈黙が降りた。
もともと、何か音のする空間ではなかったのである。
2人が音を立てないのであれば、静寂が場を支配するのは、しかたのないことだった。
「わたしが、君たちの遺伝子に手を加えたのは」
静寂に耐え切れなかったというより、デルボラが話しだしたのは、何らかの義務感からのようだ。
「胞宇宙には、宙間航行技術を獲得できる知的種族が1種族しか発生しない、という経験則があります。サイユル―ベルガーは、その法則を破る可能性があると思いました。二重星という特殊な環境ではあるけれど。そして、サイユルから君が現れた。あとはベルガーです」
「私も、宇宙船が来なかったら、怪しかったですよ」
「確かにね。ベルガーにしてもそうです。だから、君たちには、このまま旅を続けてもらって、どんどん、未開の胞宇宙を触発していって欲しい、というのが私の希望です」
「あなたは、自分でしないのですか?」
この問いを最初にしたのは、ヒューリューリーではなかった、問いかけられたのもデルボラではない。
最初の回答者は、無限大のエネルギーを反射されて消滅した。
もちろん、宇宙皇帝は、そんなヘマをするわけがなかった。
「もちろん、わたしも自分でやる気でいます」
デルボラは厳かに答えた。
「光子体では駄目なことが、ずっと前からわかっていました。だから、わたしは重中性子体になった。あとは、この胞宇宙から出て行くだけです。そう、胞障壁を超えていくのです」




