デルボラ(3)
「いきなり、同伴者の方と離れ離れにしてしまって申し訳ありません」
デルボラは、まず、謝るところから始めた。
「なにぶん、わたし、臆病なもので、あまり人が多いと、うまく話せないのです」
――臆病ねぇ
デルボラの言葉を額面どおり受け取れるほど、ビルワンジルも素直ではないが、半分は本音かもしれない。
「そういうのは、慣れてる」
ビルワンジルは、そう言った。
「みんな、いきなり、タケルヒノとか、ジムドナルドと話すのは、おっかないみたいだから、最初はだいたいオレのところに来るんだ」
「そうそう、まさにそれです」
デルボラは、何故か、嬉しそうだ。
「何というか、ここ数万年ほどは、光子体としか話していないし、わたしのところに来る光子体というのは、こう言ってはなんですが、変わった人が多いので…」
「レウインデ、とかか?」
「いや」とデルボラは首を振る「彼は、レウインデは、まだ、ずいぶんマシなほうですよ。礼儀のなってない無礼者が多いですね」
ここで、急にデルボラは、そわそわしだした。しきりと首を傾けては、タキシードの襟や燕尾などに目を向ける。
「地球の方をお招きするのは初めてなので、あの、わたしの格好、おかしくはありませんか?」
聞かれたビルワンジルも、改めてデルボラを見直す。頭のてっぺんから爪先まで、ひととおり目を通した。
「とくに、おかしなところは、なさそうだがなあ」ビルワンジルも心許ない「地球の服、って言っても、オレの育った環境ではあまり着ない服だから、正直良くわからない。でも、そういう服を着てる地球人は見かけたことがあって、こう言ったらなんだが、そういう連中よりはアンタの方が、似合ってる感じかな」
「じゃあ、他の方と会うときも、これで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃないかなあ、あまり、自信はないんだが。どうせ、ジムドナルドは、何にでも文句つけるだろうし」
「それを聞いて安心しました」デルボラは微笑んだ「わたしはあまり寛容なほうではないので、無礼な客は嫌いですが、それ以上に、お客様に間違って礼を欠いてしまうのが、何よりいやなのです」
「礼儀うんぬんは、あんまり詳しくないからなあ」
ビルワンジルは、デルボラの、控え目ではあるが、見咎めるような視線に気づいた。
「気になるかい?」
ビルワンジルは、背に負うた槍の穂先を指差した。
「気にならないわけがないでしょう」
デルボラは笑った。
「ゴーガイヤを粉々に砕いた槍じゃないですか」
「ホントは、レウインデを狙ったんだ」
ビルワンジルは気のない感じで言う。
「躱された。レウインデにすら当たらないのに、アンタに投げたって、当たらんだろ」
「何でしたら、試してみませんか?」
デルボラはビルワンジルの前で手を広げ、当たりやすいように自分を大きく見せた。
「もったいないだろ。5本しかないのに」
デルボラは、少し残念そうに、広げた手を元に戻した。それから、何か考えている風だったが、不意に思い当たったらしく、口を開いた。
「君のかわいらしい恋人は、何故、一緒に来なかったのですか?」
「恋人じゃないよ」ビルワンジルは憮然として答えた「オレの片思いだ」
「そんな、あり得ないことを言われても、困りますが」
デルボラはとても可笑しそうだ。
「君は片思いされるほうであって、するほうじゃないですよ」
「オレが片思いしちゃ、いかんのか?」
「そうではなくて」デルボラは、また笑った「君を好きにならない人はいないのだから、君が誰かを好きなら、それは両思いです」
「オレなんか持ち上げたって、何も出ないぞ」
「君は何でも持っているし、何でもできる。望みはすべて叶うのでしょう?」
「そりゃ、まあ、そうだが」
ビルワンジルは、そのことについては否定しなかった。
「オレは、手に入るものしか欲しがらないし、出来ることしかやらない。叶うことしか望まないからだ」
「そんなこと、普通の人間には出来やしないのです」デルボラは、またも笑ったが、今度はあまり楽しそうではなかった「わたしのような凡人にはね」
「アンタ、夢が大きすぎるんだよ」
ビルワンジルの言葉に、デルボラは笑みを止めた。
「そう、そうかもしれない」
デルボラは言ったが、それはビルワンジルに向けた言葉では、たぶん、なかった。
「凡夫は、猛烈に夢をむさぼり喰うのです。しかも自分の夢ではない。わかりますか? 他人の夢を喰らうのです」




