デルボラ(2)
デルボラ=ゼルに近づくと、タケルヒノは多目的機の管制を相手側に渡した。
「だいじょうぶなのか?」
笑いながら、ジムドナルドが尋ねる。
「さあ?」とタケルヒノは、とぼけて見せた「このほうが、こっちは楽だしね。あまり色々考えるとキリがないし」
操縦席を離れ、後部座席のジムドナルドの隣りに腰掛けたタケルヒノに、すす、とヒューリューリーが近寄ってきた。
「デルボラ、って、どんな人ですか?」
「どんな人って言われてもねぇ」ヘルメットの中でタケルヒノが困った顔をしている「銀色の髪の人ですけど…」
はっ、としたミウラヒノが振り向いたが、タケルヒノは気づかないふりで、ヒューリューリーに向かって話し続ける。
「もう、重中性子体だから、髪の色はわからないでしょうけどね。わりと生真面目な人なんじゃないかと、僕は思うんですよ」
ヒューリューリーは、今度は慎重に操作盤を叩いた。
「サイユルの遺伝子に手を加えたのは、彼だと思いますか?」
「さあ、どうでしょう?」
タケルヒノは言った。
「もうすぐ、会えるから、直接聞いたほうが良いと思いますよ。そのほうが彼も喜ぶでしょう」
デルボラ=ゼルの壁面に、長方形に誘導灯がともる。
誘導灯に近い部分は辛うじて細部の造作が確認できる程度だが、灯りの切れる領界から先は、闇へと溶ける。はるか遠方に見える中性子星の淡い明滅では、デルボラ=ゼルの影すら浮かび上がらせることはできず、その全容を把握するのは、とても難しい。
誘導灯に囲まれた部分が開き、内部から光が漏れだした。
「あんなの詳細設計図にはなかったなあ」
今度もまた、ジムドナルドが笑う。
「もともと、デルボラ=ゼルには必要ないものだしね」聞かれたわけでもないのに、タケルヒノが答える「普段は光子体しか来ないんだから、急に造ったんだろ」
「ずいぶん、デルボラの肩持つじゃないか、信用してんのか?」
「信用してたら、全員で来てるよ」
それを聞いて、ジムドナルドは、もう一度、笑った。
多目的機が、引き込まれるように、デルボラ=ゼルに侵入すると、後部でゲートがゆっくりと閉じられた。
ドックとの相対速度が完全にゼロになったところで、タケルヒノが上部ハッチを開けて、外に出た。他の4人も続く。
ドックから続く通路は一本道で、そこだけ照明がついている。タケルヒノは迷わずスラスターを駆動して、道なりに進んでいく。
しばらく行くと、前後左右と上下に、通路が分かれている。
どの通路も、煌々と、明るすぎるほどの照明に、奥をのぞけば、つきあたりの曲がり角まではっきり見える。
タケルヒノは他の4人を待った。
すぐに、皆、集まって、状況を確認する。
「さて、どうするかな」
6叉路を見て、ミウラヒノが言った時、
不意に視界がぼやけだした。
いや違う。
白い煙のようなものが立ち込めて、辺り一帯を埋め尽くす。
ビルワンジルは、何かの力で、自分が引っ張られるのを感じた。
スラスターを効かして抗おうとするが、うまくいかない。
ビルワンジルは背に負った槍の1本に手をかける。
「流されてるみたいですね」
「ああ、こっちもだ」
タケルヒノとジムドナルドの声がヘルメット内にこだまする。
さて、
この声が、本物だという確証も無いわけだが…、
「オレもだよ」
ビルワンジルは言ってみた。
周りはあいかわらず、モヤのような煙のような、白濁したままで通路の壁すらも見えない。
「何も見えないな」
ミウラヒノの声だった。
ややあって、
「そうさば、みえない、うちにく」
と、ヒューリューリーの声が聞こえた。
「落ち着いたら、合流しましょう」
タケルヒノの声に、わかった、と3人同時の返事があって、
それから遅れて、
「わかた」
と、ヒューリューリーの声。
そこから、急に、引き付ける力が強まって…
気がつくと、ビルワンジルの周囲のモヤは消えていた。
照明も消えた。
どれぐらい闇の中を流されたろうか。
ビルワンジルの体を引っ張る力が弱まり、
逆方向に制動がかかった。
真っ暗な空間の中。
やがて、周囲に、
輝点が、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と揺らめいた。
照明が完全に点くと、そこは球型の部屋。
中央にいるビルワンジルに、前方から近づく影があった。
ゆっくりと近づいてくる人影は、タキシードを着ていた。
間違いなく、地球で見たことのあるタキシードで、全球から回り込む光に、艶やかな質感が映える。
人影は、直立のまま、手も足も微動だにせぬまま、空間を飛翔する。
風というか、大気もないのに、青白く光る、長い髪がたなびいている。
光っているのは、髪だけではない。
顔も、両の手も、服からはみ出ている部分は、すべて、仄白く輝いていた。
何か得体のしれない力で押し出されるように、ゆっくり近づく彼は、
ビルワンジルの前で、ぴたり、と止まる。
「あんたが、デルボラかい?」
ビルワンジルの問いに、はい、そうです、と、はにかむように彼は肯いた。
「ようこそ、ビルワンジル、君に会えて、とてもうれしいです」




