デルボラ(1)
旧型の多目的機に乗っているのは、ミウラヒノ、ジムドナルド、ビルワンジル、そして、ヒューリューリー。
多目的機は、タケルヒノが操縦している。
この人選については、タケルヒノは他に是非を問うことを求めなかった。
もちろん、宇宙皇帝にもだ。
これから、行きます、この5人です、という短い文を先方に送っただけだった。
デルボラのほうも、あっさりしたもので、ご来訪を歓迎します、という短い返信があっただけだ。
デルボラ=ゼルの見取り図と、詳細設計図が同封されていたのは、デルボラ特有の洒落っ気かもしれない。
多目的機の出発前、そのことについて、タケルヒノはジルフーコに聞いてみた。
「本物か、って聞かれたら、まあ、本物だろうね」
ジルフーコは答えた。
「嘘つく理由もないしね。本物だったとしても、役に立つかどうか、っていうのはわからないけど」
ああ、そうだね、とタケルヒノは笑って答えた。
宇宙船とデルボラ=ゼルは、40万キロメートル離れて対峙している。いわゆる地球と月の距離にほぼ等しく、スープのぎりぎり冷めない距離だ。
この胞宇宙には、中心にある中性子星とデルボラ=ゼル以外にはなにもない。いまはそれに宇宙船が加わっている。
かつてあった惑星も星間物質も、すべて主星である中性子星に落ち込んでしまった。デルボラ=ゼルと宇宙船が重力の淵に落ち込まないのは、ひとえに次元変換駆動装置を有しているからだ。
「何でお前がいるんだよ」
ジムドナルドの宇宙服の左脚に絡み付こうとするヒューリューリーだが、彼自身も宇宙服を着ているため、いつものようにはいかない。
ヒューリューリ―は頭部の操作盤を開く。
「それは、私が、極めて優秀だからですね」
すばやく打鍵するヒューリューリーの脇腹めがけたジムドナルドの蹴り。
ヒューリューリーは、造作もなくかわす。
「そりゃ、宇宙皇帝だって、お前には負けそうだよな」
「でしょう?」
こいつには皮肉が効いた試しがなかったな、ジムドナルドはそれ以上、抗弁するのをやめた。
代わりに、ビルワンジルの隣りの席に目をやる。
「また、ずいぶん、持ち込んだな」
ビルワンジルが持参した槍の数は5本。
「投げた槍を、拾いに行ってる時間は、なさそうなんでね」
「槍、投げなきゃならんかな?」
「なんとも」ビルワンジルは両手を広げてひらひら振った「オレは口が立たないから、それぐらいしか、出来ることがない。いろいろ喋るほうは、みなさんにお任せするよ」
だとさ、とジムドナルドは、ミウラヒノに話しをふる。
「基本、わたしとデルボラが話し合うだけだから、君たちは何もしなくていいよ」
「向こうは、そう思ってないだろ?」
ミウラヒノは、ニコリともせず、ひとつ小さく嘆息した。
「確かに、そうだな。デルボラだって、わたしなんかと話すよりは、君たちと話したいと思ってるだろうしな」
そして、ミウラヒノはヒューリューリーに目を向けた。
「ヒューリューリー、デルボラは、君に会いたいと思ってるだろうな」
「もちろん、私は、優秀ですからね」
ヒューリューリーは、ぴーん、と伸び、危うく頭を天井にぶつけそうになった。
「それもあるが」ミウラヒノは心配そうに天井を見ながら言った「わたしたちの中では、サイユルが光子体になれる、と考えていたのは、実は、デルボラだけだったから」
「私は光子体じゃありませんよ」
ヒューリューリーの言い分に、とうとう、ミウラヒノは吹き出した。
「それは、そうだが、ヒューリューリー、君は胞障壁を超えたじゃないか。光子体になるのなんかより、そのほうがよっぽど凄いんだよ」
「むこうにいる間、宇宙船にデルボラがちょっかい出してきたら、どうする?」
操縦席の後ろからミウラヒノが声をかけた。
「万全とは言えませんが」振り向きもせずにタケルヒノが答える「シールドは強化してあるし、次元変換伝送のチャネルも潰してある。あと、ジルフーコとサイカーラクラがいますから、帰るまではもつでしょう」
「こんなチンタラした船でか? 間に合うのか?」
「別に行きは急ぎませんからね。帰るのなら一瞬です。そのために、旧型でも小さい方の機体にしたんですから」
「じゃあ、その一瞬で行こう。飽きてきた」
「ダメです」
タケルヒノは、にべもない。
「ケチだな」
「それ、使ったら、壊れますからね。他人様のお宅に邪魔するのに、着いた途端に壊れたら、カッコ悪いでしょ」




