ファライトライメン(17)
「何が見える?」
飽和した光量の中に立ちつくす。ミウラヒノは勘を頼りに、隣にいるはずのジムドナルドに声をかけた。
「あなたが見ているものと同じです」
――タケルヒノ?
いや、タケルヒノは、操縦席にいるハズだ。しかし――
光が強すぎて何も見えない。
いや、この光は本当の光ではない。
本当の光?
「本当の自分」
ボゥシューの声がした。
圧倒的な光が、すべての思考を遮る。
――本当の自分?
光が、囁いた。
光がさえずり、思考の中に浸潤してくる。
本当の自分、嘘の自分。
「ウソの自分?」
誰の声なのかすらわからない。
ウソのジブン、ホントウのジブン、ウソのユメ、ホントウの…。
本当の、
夢。
いつしか、ミウラヒノは、大学の構内にいた。
いつも、中庭で昼寝していた、あの頃の自分だった。
青い短髪だけはそのままだったが、それ以外は、なにもかもが若々しかった。
本当の自分、なのかもしれなかった。
少なくとも、今のように平気で嘘がつけるような自分ではなかった。
目の前に、銀色の髪の青年がいた。
「僕は宇宙物理学を専攻しているので」
銀の長い髪のおかげで、学内中のどこであっても彼を探すのは容易だった。
「発達心理、というのはよくわからないのですが、子供のことを研究されているのですか?」
「まあ、子供も研究するけどさ、大事なのは大人のほうだよ」
そう話す、自分を見つめるのは、ひどく妙な気持ちがした。
「俺たちは、これから宇宙に出る、そこで大きく変わるんだ。その変わっていく様を調べるのが、発達心理学だ」
「なるほど、面白そうです」
「面白い? そんなこと言うヤツは、あんたが初めてだ。変わってんな」
「面白いものは、面白いですよ。それに、僕は確かに変わってるとは言われるけど、あなたほどでは…」
銀の髪の彼は笑い。その微笑みが急速に光を生み出して、また、混沌にかえる。
「おじさん、おじさん」
混沌の奥から、子供の声。
「おじさん、おじさん」
聞き覚えのある声だったが、誰の声なのか思い出せない。
「誰だ?」
声を出したつもりがないのに、自分の声が光の海にこだました。
「僕だよ、おじさん、忘れちゃったの?」
混沌が、再び問い返す。
「忘れたのかもしれない。おじさんは、君が誰だかわからないんだよ」
「僕のことは忘れていいんだよ。おじさん。でも、ダメだ」
――何がダメなんだ
思いが言葉になる前に、光がざわめく。
「逃げないで、逃げちゃダメだ」
「いままで、ずっと、逃げてばかりなのは知ってる」
「この後なら、逃げていい。でも、いまはダメだ」
「いまは逃げちゃダメだ」
「後悔してもいい、後で自分を責めてもいい。でもいまだけは」
「逃げちゃダメだ」
光がいっせいに騒ぎ出し、あらゆる方向から声が急き立てる。
眼前に、ぽつん、と黒い点があった。
盲点が見える、というのは、おかしな話しだが、たぶん、真実なんて、そんなモンだろう。
「別にいいんですよ、逃げたって」
どこから聞こえてきたのかわからない。子供のような、それでいて大人びた、ひどく落ち着きのある声だ。
「逃げていいんです。あなたは必ず帰ってくるから。逃げっぱなし、なんてことはしない」
白濁した光が、真水をを注がれたように薄まっていく。
「逃げていい。でも、忘れないで」
操縦席に座るタケルヒノに近づいたミウラヒノは、後ろから、ポン、と肩を叩いた。
「抜けたよ、胞障壁を」
自動操縦に切り替えたタケルヒノは、振り向いて、そして微笑んだ。
「さすがに百戦錬磨ですね。抜けたのにすぐ気づくなんて」
いや、と、ミウラヒノは頭を振った。
「今日、初めて抜けたんだ。おそらく28回の全てで、宇宙船だけが胞障壁を超えていた。いや、最後はサイカーラクラがいたから、励起子体のあの子が、本当に胞障壁を超えた最初なんだろう。わたしは、いつも逃げていたんだ」
うーん、とタケルヒノは少し考えている風だったが、どちらでも大差ないですよ、と結論づけた。
その声を聞きながら、ミウラヒノは、最後のあの子が誰だったのか、ようやく思い出した。
「お前には、いつも苦労をかける」
そう言って、ミウラヒノは、タケルヒノの肩にもう一度手を置いた。
「いきなり、どうしちゃったんです?」
手を払いのけるまではしなかったが、タケルヒノは露骨に嫌な顔をした。
「まだ、肝心の仕事が残ってるんですから、そういうのは、全部終わってからにしてください」




