ファライトライメン(16)
無重量区画、管 制 室。
宇宙服を着込んで、皆が集まる。もう儀式のような感じだが、誰もが自然とそう振舞う。
ミウラヒノだけが、どうにも落ち着かない。
傍らにサイカーラクラがやってきた。
「大丈夫ですか? お父さん」
「ああ、大丈夫だ。もう慣れてるから」
ミウラヒノは言ったが、励起子体では初めての胞障壁だ。光子体の時とは、ずいぶん勝手が違う。
「わたしはいいから、好きな場所にいていいよ」
サイカーラクラは素直なので、はい、と操縦席のほうに行ってしまった。しくじった、と思ったものの、いまさら、側に居てくれとも言いにくい。
「やせ我慢すんなよな、おっさん」
まるで見透かしたように声をかけてきたジムドナルドに、ぎょっ、とする。
ああ、と、ミウラヒノは、心の底からわき起こる可笑しさに、こらえきれずに声を上げそうになった。
いままでなら、
こうした場面では、常にミウラヒノが同伴者に気を配っていたのだ。
いまは逆だ。
宇宙船に来てから、ずっと、感じていた心地よさの正体だった。
――わたしは、もう、第一光子体ではない。
それが、本当のミウラヒノの望みだったかどうかは、定かではない。
しかし、彼の肩から滑り落ちた、義務という名の重い鎧には、もはや何の郷愁を抱くこともなかった。
全面の壁スクリーンは、異常な輝度で発光していた。
模様も、色も、何もない。
ただ、目もくらむばかりの強い光の奔流があるだけ。
「この胞障壁は、また、凄いな」
ジムドナルドの呟きをひろって、ミウラヒノが問いかける。
「胞障壁に違いがあるのか?」
「違いがある、って言うか、全部違うだろ」
あらゆる方向からの光で、ほりの深いジムドナルドの顔から、すべての影が消えている。
「超えるのに夢中で、周りが良く見えてなかった」
「そこが、よくわからないんだが」
と、ジムドナルドが言う。
「この光景が目を引かない、とか、そんなことあるのか?」
ミウラヒノは答えなかった。あるいは、答えられなかったのかもしれない。
「まあ、こんなの序の口だけどな」
「何だって?」
「序の口だよ、見ろ」
ジムドナルドは操縦席を指差した。
「まだ、ジルフーコが操縦してる」
「だから、序の口か?」
「そうだ、あそこにタケルヒノが座ってからが、本当の胞障壁だ」
「怖い、ね」
周囲を包む、ぶ厚い光に、つぶされそうに、イリナイワノフが、呟く。
「ああ、怖い、な」
「嘘」
ビルワンジルが応じた言葉を、イリナイワノフが即座に消した。
「ああ、嘘だよ」
ビルワンジルは、とくに誤魔化すことをしなかった。
「ビルワンジルは、怖い、と思ったことあるの?」
「ある…、ハズだ」
「ハズ?」
「…あまり良く覚えてない」
「そう」
圧倒的な光が、何もかもを消していく。
――ああ
恐怖が恐怖で押し流されるのを、イリナイワノフは、この時、初めて知った。
「調子はどうだ?」
「まあまあでしょう」
ボゥシューに問いかけられて、ヒューリューリーは頭部の操作盤を開いて応じる。
「もう、拙者、とか言うのはやめたのか?」
「ファライトライメンを離れましたからね」
「ファライトライメン限定なのか?」
「そのとおりです」
壁スクリーンを通して、外を見ているのならば、この明るさは有り得ない。
周囲で飽和する光の輝度は、すでにスクリーンの最大輝度を超えていることを、ボゥシューは知っている。
あり得べからぬ強度の光が、あらゆる隙間を埋めつくしている。
「何か見えるか? ヒューリューリー」
「何もかもが、見えますよ」
そう答えたのは、ヒューリューリーではないハズだ。
始まった。
そう感じたのも、ボゥシュー、ではない。
何もかもが違う胞障壁は、
そしてまた、いつもとまったく同じ胞障壁。




