ファライトライメン(15)
ファライトライメン(15)
「叔父さん」とタケルヒノは言った「今日は少し実務的な話しをしたいと思うんですが」
意味のない薄ら笑いを浮かべていたミウラヒノが、いきなり身を翻して廊下へ出て行こうとする。
「こら、待て」
当然、その行動を予期していたタケルヒノが、首根っこをひっつかんで押さえつける。ミウラヒノはもがくが、タケルヒノはそのまま力まかせにソファに投げ込んだ。
「俺のソファなんだが」
ジムドナルドは明らかに不満げな顔をしてみせる。それにしても、ほんとに逃げやがった。なんていう親父だ。ジムドナルドは心の中で舌を巻いた。
「ああ、すまん、ちょっと貸してくれ」
ジムドナルドにことわってから、タケルヒノは、横を向いてふて腐れているミウラヒノに言った。
「そんな顔したってダメです。言うことは聞いてもらいますからね」
「わたしは話すことなんかない」
「こっちにあるんです。ファライトライメンを囲む胞障壁に、何かしてますね?」
「うん」
タケルヒノの詰問が、あまりにも、そのものズバリだったので、ミウラヒノは、思わず肯いてしまった。
「何をしてるんです?」
「胞障壁を変調して、デルボラの干渉波を軽減している」
「止めてください」
「しかし、お前、アレは…」
「止めてください。胞障壁を超えるのに邪魔になります。だいたい、アレは無限大エネルギーの使用が必須なのだから、あなたの主義主張にも反してるんじゃないですか?」
「あんなもの、あってもなくても、お前が胞障壁超えるのに支障はないだろ。現に、ここにこうして居るんだから」
「僕以外には、極めて邪魔です」
ミウラヒノは、がっくりとソファに身をゆだねると嘆息した。
それから、立ち上がって、いちばん近いコンソールに着くと、操作を始める。
最後に、たん、と軽やかにコンソールを叩いたミウラヒノは、椅子をくるりと回して、タケルヒノのほうを向いた。
「あとは何だ?」
「ラクトゥーナルがあなたをずっと追跡している。やめるように言ってください」
「言ったって、聞きゃしないだろ」
「それでもいいです。あとはラクトゥーナルの判断だから。言ってください」
ぐるん、と、椅子を返して、ミウラヒノはコンソールに向き直った。
「やあ、ラクトゥーナル」
ミウラヒノはコンソールに語りかけた。
「いままで、ありがとう。ちょっと出かけてくる。あとは頼む」
ミウラヒノはコンソールの電源を切った。
「これでいいか?」
振り向いて問うミウラヒノに、タケルヒノは言った。
「6時間後にデルボラに向けて出発します。もし、希望があれば、多少の順延は可能です」
「何もないよ」
ミウラヒノが答えた。
「みんなで、デルボラに行こう」
「いいのか? おっさん。胞障壁の変調止めたりして」
ソファに座りなおしたジムドナルドが尋ねた。
「別にかまわんさ、わたし以外で、胞障壁を変調してるのを知ってるのは、デルボラぐらいだ」
「それがライザケアルの光子体生存率が低い理由、というより、ファライトライメンが底上げしてるだけだが」ジムドナルドは妙に優しげな口調で問いかけた「何故、内緒にする?」
「デルボラの干渉波は、別にわざとやってるわけじゃない」ミウラヒノは、ソファ、ジムドナルドの隣りに腰掛けた「重中性子体が活動すれば自然と出てくるものだ。重中性子体と光子体は共存できない。それが知れれば、デルボラに対する光子体の風評はますます悪くなる」
「別にすべての光子体が、重中性子体に負けちまうわけじゃないだろ。現に少し前まで、あんたも光子体だった」
「そう、そして、今は違う」
ミウラヒノは笑った。乾いた笑いだった。
「もちろん、これはもっと内緒の話しだ。わたしは、公式には第一光子体のままだ」
「ただ不死身になれるというだけで、光子体になったようなヤツには、なかなか辛いところだな」
「知の集う所ライメンは、確かに、光子体が存在しなければ、これほどの発展は望めなかった」
ミウラヒノは言った。
ただ、ジムドナルドに言わせれば、それは誇張に過ぎる。ファライトライメンが必要だったものは、光子体全部ではない。
最初の光子体だけが必要だったのだ。あとはオマケみたいなものだ。
「ファライトライメン以外で、胞障壁変調したら、さすがにバレるか」
ジムドナルドが、とぼけた口調で言った。
「まあな」ミウラヒノは苦笑した「ファライトライメン内では、禁止はしたが、次元転換による無限大のエネルギーも、そこここで使われてる。バレないと思ってるようだが、そんな甘いものでもない。使い方を誤れば大惨事だが、小銭を稼ぐ程度で、満足しているようだから、放っておいてる」
「胴元がイカサマしてんだから、しかたないだろ?」
「だからこそ、胞障壁変調しても誤魔化せる、ってことだ。でも、もう必要ない」
ミウラヒノは立ち上がった。
「デルボラに会いに行くから、もう、いいのか?」
ジムドナルドはソファに座ったまま、ミウラヒノに聞いた。
「そうだよ」
ミウラヒノは答えた。
「わたしは光子体を甘やかしすぎる、とデルボラはいつも言っていた。もちろん、デルボラの立場としては、その通りだな」
「あんたの立場は?」
「デルボラと大差ないよ」
ミウラヒノは振り向きもせずに答え、そしてそのまま、廊下へと出て行った。




