ファライトライメン(14)
「サイカーラクラの調子は良さそう?」
聞かれたジルフーコは、顔を上げてタケルヒノを見た。
「ボクより、ボゥシューに聞いたほうがいいんじゃない?」
「もちろん、ボゥシューにも聞くけどさ」タケルヒノは言う「体調のほうじゃなくて、そうだな…、彼女のカンは戻りそうかい?」
「使い物になるか、ってこと?」
「まあ、そうなるかな」
「いくら励起子体が対重中性子体型情報体だって言っても、相手が宇宙皇帝じゃね。光子体よりは多少マシ、っていう程度だから、たとえサイカーラクラが万全でも難しいだろ」
「そこまでは、求めてない。宇宙皇帝と同じ胞宇宙にいても揺るがないかってこと」
「ああ、それなら、問題ない。なにかあっても、ボクがなんとかするよ」
「それを聞いて安心した」
タケルヒノはそう言ったものの、ジルフーコに向ける眼差しは厳しく、じっと顔の真ん中を見つめていた。
「メガネ変えたんだね」
ジルフーコは笑った。
「前のメガネは、必要なくなったからね。でも、見た目が急に変わったら、みんな心配するかと思って」
ジルフーコの笑いにタケルヒノは応えず、やや哀しげな面持ちで、言った。
「君の選択は、たぶん間違っていない、と思うけど。その、なんというか、いろいろ、すまない」
「そんな顔するなよ」
ジルフーコは照れ隠しのように笑った。
「君のため、ってわけじゃないし、サイカーラクラのためでもない、強いていうなら、ボクのためだよ。なんとなくね。なってみたいと思ったのさ」
「ジルフーコのこと、知ってた?」
実験室に来たタケルヒノは、ボゥシューにそう尋ねた。
「まあ…」とボゥシューは言葉尻をにごした「…精母細胞を保存してくれ、って頼まれたから、バックアップが必要な何かをするんだとは思った…」
ボゥシューは、顔を上げ、タケルヒノの目に視線を合わすと、言った。
「止めておいたほうが、よかった、かな?」
タケルヒノは、いや、と首を振った。
「以前のジルフーコなら、そうする前に、君に細胞を預けるような真似はしなかったろう。駄目になったら、それまで、っていうのが彼の信条だったから。むしろ予備を持とうとする、心境の変化があって、ほっとしてる」
「サイカーラクラのためだろう」
ボゥシューが言って、タケルヒノも肯いた。
「そうだね。わざわざ、本人が、サイカーラクラのためじゃない、って言ってたから間違いない」
「そうか」
ジルフーコらしいな、と思って、ボゥシューはほんの少し笑った。
「あと、僕のため、ってのもあるらしい」
え? とボゥシューが視線を戻す。
「ジルフーコが言ったんだよ」タケルヒノは笑った「僕のためでも、サイカーラクラのためでもない、って。だから…、きっと、僕のためだ」
「ジルフーコらしいな」
ボゥシューは、今度は、声に出して言った。
「ジルフーコ氏、サムライ―カンツォーネ、面白かったでござろう」
廊下ですれ違ったヒューリューリーは、ジルフーコを呼び止めた。
「ああ、面白かったよ。教えてくれてありがとう」ジルフーコは答えた「ちょっと、その、想像してたのとは違ったけどね」
「武士道は花見でかっぽれ、でござるからな」
「え? 武士道は死ぬことと見つけたり、じゃないの?」
「そうではござらぬ」
ヒューリューリーの体が一閃し、ひょぉ、と風が鳴った。
「死んだら花見が咲かない、でござる。花見でかっぽれ、甘茶でかっぽれ、生きていてこその、武士道でござる」
「へぇ、初耳だなあ」
「初耳ではござらぬ、花見でござる。武士道とは花見でかっぽれ」
ヒューリューリーは、花見でかっぽれ、甘茶でかっぽれ、と体を振り振り行ってしまった。
ジルフーコは、クスリ、と笑って、ヒューリューリーを見送った。
ずっと後になって。
甘茶、って何なのか聞いてみたほうが良かったな、とジルフーコは思った。自分で調べてみても、そういう名の植物で、干してお茶にすると甘い、ということしかわからなかった。 花見は、どうやら花実らしいのはわかった。でも、探しても、花見でかっぽれ、はあっても、花実でかっぽれ、は、ない。花見でいいのかもしれなかった。
武士道との関係は、もちろん、わからない。
いつか、聞こう、と思っているうちに、ジルフーコも忘れてしまった。思い出したいまも、そのことは後悔している。




