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ワンダー7  作者: 二月三月
超重力の罠

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ファライトライメン(13)

 

 サイカーラクラの快気祝いは、ケーキだった。

 サイカーラクラに作らせるわけにもいかないので、そこはボゥシューとイリナイワノフが頑張った。

 ほんとうに、頑張ったのだ。

 イチゴが欲しい、とビルワンジルに頼んだのだが、急には無理だと言われた。まあ、そうだろう。それで、チョコケーキになった。

 チョコレートは合成だが、味も香りも遜色ない。

 その証拠に、サイカーラクラは、ホールのチョコケーキを前に硬直している。

「いままで内緒にしていましたが、私はチョコレートが大好きで…」

 自分の顔よりずっと大きなチョコケーキを前に、サイカーラクラは、それだけ言うのがやっとだった。どのへんが内緒だったのかな、とボゥシューは、要らぬ思いをめぐらしてみたりした。

「食べましょう」

 サイカーラクラは、ナイフできっちり、ケーキを12等分した。それが、食べやすい大きさなのだそうだ。余ったら、食べられる人が食べればいい、のだそうだ。

 イリナイワノフはミントティーの用意をする。ミントの葉は、ボゥシューが実験室のすみで栽培しているのを持ってきた。農 場(ファームゾーン)に植えるのは、ビルワンジルが、とてもイヤがったのだ。なんでも、そこいらじゅうが、全部、ミントになるかららしい。イリナイワノフにはよくわからなかったが、そういうものだそうだ。

 サイカーラクラは、切り分けたチョコケーキの端っこを、ほんの少しフォークでけずって口に運ぶ。ハーブティを口に含むと、また少し、ほんの少し端をけずる。

 ボゥシューは3口でケーキを食べ終わっていたので、ずっとサイカーラクラがケーキを食べるのを見ていた。面白い、と思った。サイカーラクラのケーキはいつまでたってもなくならない。そして、サイカーラクラは幸せそうだ。

「あたし、もう一切れもらおっかなー」

 イリナイワノフが探りを入れると、他のふたりとも、どうぞ、どうぞ、と勧めてくる。イリナイワノフは、にこにこしながら、2切れ目にフォークを突き立て、ボゥシューは、ミントティーをおかわりした。

「ダーにパウンドケーキの作り方を教わったので」サイカーラクラは、最初の一切れの5分の3を食べたところで、言い出した「次は、みんなで、パウンドケーキをつくりましょう」

「サイカーラクラ」

 イリナイワノフが、右手にフォークを持ったまま、突然、叫んだ。

「ダーのこと、覚えてるんだ。よかった、忘れてないんだ」

「え? えぇ…」

 サイカーラクラとボゥシューは、困って、顔を見合わせた。

 見ると、イリナイワノフは、半分、涙ぐみながら、よかった、よかった、と、ケーキをほおばっている。

「サイカーラクラが、さ、お父さんのこと思い出したから、もしかしたら、それと交換で、お母さんのこと、ダーのこと忘れちゃったんじゃないかって、あたし、すっごく、心配してて、でも、そんなこと、サイカーラクラに聞けないから、あたし…、ずっと、怖くて、だから…、よかった…、ほんとうに、よかった」

 サイカーラクラは、フォークを置き、イリナイワノフのそばに寄った。

「ごめんなさい、心配かけて」

 サイカーラクラは微笑もうとしたが、うまくいかなかった。かわりに、両の目から涙が湧いた。

「ありがとう、イリナイワノフ、そして、ボゥシュー、ケーキとってもおいしいです」

 

「あの人、少し、落ち着いたと思うか?」

 タケルヒノが、ソファに寝そべるジムドナルドに聞いた。

「どうだかな」ジムドナルドは寝たまま、不揃いに生えかけた無精髭をなぜる「落ち着いた状態を見たこと無いから、なんとも言えんな」

「ずっと、宇宙船(ボード)に乗り込んできたときのまま、ってことはないはずだから、どこかで少し落ち着いてくれるんじゃないかと思ってるんだが」

「落ち着かないと、マズい話しでもあるのか?」

「そろそろ実務的な話しをしたいんだよ。あんまり、観念的な話しばかりしてると、あの人、浮ついたまま、降りてこなくなるから」

「実務的な話し、って? バナナがおやつに入るかどうか、みたいな話しか?」

「バナナは主食だから、おやつにははいらない。具体的には、ファライトライメンの話しなんだ。いくつか、やめてもらわないと困ることがある」

「直接、言えよ」

「もちろん、そのつもりだけど…」

 タケルヒノは、少し落ち着かないそぶりで、察して欲しい、というのがありありの眼差しを向ける。

「あの人…、へそ曲げると、説得するのに何倍も時間がかかるんだよ。最後は折れるから、同じことなのに…。だから、なるべくなら、機嫌のいい時に話したいんだよ」

「事情はわかったが」ジムドナルドは不審げな空気を隠さない「何故、俺に聞く」

「え? だって」

 何をあたりまえのことを、とでも言いたげに、タケルヒノが続けた。

「理由はよくわからないんだけど、叔父さん、君になついてるじゃない? 説得してくれ、みたいなことは言わないけど、僕が話しても逃げないように、協力して欲しいんだよ」

「逃げんのか? あの、おっさん」

「逃げるよ、すぐに」

 タケルヒノは深々と嘆息した。

「もう、なんだって、あんなに、人生、逃げ腰なのかわからない。逃げられる余地があれば、すぐ逃げるんだ、あの人」

 



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