ファライトライメン(12)
「やあ、サイカーラクラ殿、お元気になられたようで、なによりでござる」
ヒューリューリーは、ひさしぶりにミィーティングルームにやってきたサイカーラクラを見つけて、声をかけた。
ジルフーコの隣に座っていたサイカーラクラは、椅子を回して、ヒューリューリーのほうを向くと、ぺこり、と頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。ヒューヒューさん」
サイカーラクラは微笑んだ。
「もう元気です。ところで、ヒューヒューさん、最近、何の映画をご覧になったのですか?」
「サムライ―カンツォーネでござる」
ええー? とジルフーコが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと、ヒューリューリー、サムライ―カンツォーネ、あったの? どこで見た?」
いつもとまったく違う、あわてふためくジルフーコに、ヒューリューリーは、くるりと上半身を回す。
「情報キューブでござる。地球、民族音楽、イタリア、歌劇、で探すでござるよ」
「うわぁ、ホントだ。誰だよ、こんな分類したの、見つからないワケだ」
「それ、面白いんですか?」
サイカーラクラは、不思議そうに、ジルフーコのコンソールに映しだされた映像を眺める。
「いや、ボクも見たことはないんだけどね。伝説のジャパニメーションなんだ。サダムイズカが、手描きのフルアニメで作った、って言われてて、ミュージカル仕立ての時代劇アニメなんだよ」
ジルフーコの説明を聞きながら、画面に見入るサイカーラクラ、コンソールの中では、変わった髪型の男性が、朗々と、何かよくわからない歌を歌いながら、剣を振り回している。絵の動きはとてもなめらかだ。
「面白そうですね」サイカーラクラは言った「私も一緒に見ていいですか?」
「それはいいけど」一心に画面を見つめていたジルフーコだが、少し考えて、コンソール画面を消した「ここだと気が散るな。ボクの部屋に行こう」
「ジルフーコの部屋ですか?」
「そうだよ、サイカーラクラもおいで」
「はい」
2人は立ち上がって、ミーティングルームを出て行った。
「ふっふっふっ」
残されたヒューリューリーは、上機嫌で体を振る。
「まだまだ修行が足らんな、ジルフーコ氏。今日のところは、サイカーラクラ殿に免じて、勘弁してつかわそう」
そしてヒューリューリー自身も、しゅるしゅると退散した。
「なあ、兄貴」
とうもろこしの根本に肥料を撒いているビルワンジルに、ゴーガイヤが言った。
「兄貴は、宇宙皇帝のところに行くのカ?」
行くよ、と、ビルワンジルは短く答えた。
「姉さんも行くのカ?」
行くよ、と、ビルワンジルは、また、答えた。
「おっかなくないカ?」
ビルワンジルは肥料を撒く手を止める。ゴーガイヤを向いて、笑った。
「さあ、どうだろうな」
それだけ言うと、ビルワンジルは、また肥料を撒きはじめた。
ゴーガイヤは、もう、何も言わず、黙って、ビルワンジルの姿を眺めていた。
やがて、肥料を全部撒き終わり、帰り支度をはじめたビルワンジルに、ゴーガイヤが言った。
「オレ帰る。また来ル」
光の微粒子になって霞むゴーガイヤに、また来いよ、と、ビルワンジルは手を振った。
「ボゥシュー、いる?」
ジルフーコが実験室に顔を出した。
お、とボウシューが保護ゴーグルをしたまま顔を上げた。
「めずらしいな、こっち来るなんて、どうした?」
「まあ、いろいろとね」
いつもの皮肉めいた笑顔だが、ちょっと、違うようにも見える。
「前に断ったんで、言いにくいんだけど、ボクの細胞、保存してくれる?」
ボゥシューは、ゴーグル越しに、ジルフーコを、じっと見た。
そうして、しばらくたってから、口を開いた。
「いいけど、急に、どうした?」
「予備が、どうしても必要になった」
ジルフーコは、そう言った。
「何をする気だ?」
ボゥシューの言葉に、ジルフーコは、うーん、と唸って、しばらく、ぐだぐだしていたが、いろんなものを誤魔化すように、言った。
「やっぱり、言わないとダメかなぁ」
その言い方が、あんまりおかしかったので、つい、ボゥシューは言ってしまった。
「いいよ、そこに寝て」
あんまり簡単にボゥシューが応じたので、ジルフーコは少し心配になったようだ。
「あのさ、ボゥシュー」
「何だ?」
「細胞取るのって、痛くない?」
ボゥシューは、保護ゴーグルを外して、真顔でジルフーコを見た。
「痛いに決まってるだろ、さっさと、そこに寝ろ」




