ファライトライメン(9)
ジムの中央でビルワンジルとイリナイワノフが向き合っていた。
船内だが、ビルワンジルは宇宙服を着ている。ジルフーコが新しくデザインし直したもので、無重力ならともかく、擬似重力区画では、装着しているだけでもかなりの重労働だ。
イリナイワノフは艦内着のラバースーツにヘッドギアの軽装備。
ビルワンジルは槍、イリナイワノフは警棒だから、武器だけなら、ビルワンジルが有利だが、そういうものでもないだろう。
「いつでもいいぞ」
ビルワンジルが言うのを合図に、イリナイワノフが真横に走りだす。
ビルワンジルは、左脚を軸に、小刻みに体を動かして、イリナイワノフを捕捉しようとするが、装備の重量差もあって、とても追いきれるものではない。
ビルワンジルの右側面から、イリナイワノフが一足飛びに踏み込む。
払った槍をかいくぐって、懐に入ったところ、ビルワンジルは槍の穂先を返して、石突で警棒の先端を押さえた。
前転して、左に抜けたイリナイワノフは、振り向きざまに警棒を左手に持ち替えて、脇腹を狙う。
体をいっぱいに伸ばした、威力のある突きだった、
が、
少々、深すぎた。
上半身をそらして躱したビルワンジルは、槍を落として、その手で、イリナイワノフの左手首をつかむ。
イリナイワノフが手を振りほどくより早く、
ビルワンジルが投げをうった。
投げ飛ばされたイリナイワノフが、受け身を取って立ち上がったときには、
ビルワンジルは槍を拾い直して、すでに構えをとっていた。
再び、警棒を右手に構え、イリナイワノフが、トン、と床を蹴った、その時。
「いやあ、お見事、お見事」
声の方を向くと、ミウラヒノが、ジムの入り口で拍手している。
手を叩きながら、にこやかな笑顔で、ミウラヒノは、ビルワンジルとイリナイワノフに近づいてきた。
ビルワンジルは宇宙服のヘルメットを脱いだ。
「何か用か?」
「用というほどの、こともないんだが」
ミウラヒノは寂しげに笑い、上目遣いに、ビルワンジルとイリナイワノフに視線を投げる。
「みんなが、わたしをいじめるんだ」
ビルワンジルとイリナイワノフは顔を見合わせた。言葉通りに受け取る必要はないだろうが、それにしても…。
「みんな、って、誰?」
イリナイワノフが尋ねた。
「タケルヒノとジムドナルドとボゥシュー」
ああ、と、再び顔を見合わせる2人。ビルワンジルが口を開いた。
「それじゃ、オレたちには、どうしようもないなあ」
お気の毒、と口に出さないまでも、そんなような表情のイリナイワノフ。
「ま、気にしないでくれ」寂しげな顔に拍車のかかるミウラヒノだが、その表情も良いとこ半分だろう「ただの愚痴だから」
ミウラヒノに同情したわけでもないだろうが、腕組みしたビルワンジルが、ぼそりと呟いた。
「あとはジルフーコぐらいか」
「え?」
「ジルフーコだよ」
ビルワンジルは繰り返す。そして、ジムの天井に向かって叫んだ。
「おーい、ジルフーコ、暇か?」
ややあって、天井から、のんびりした声が降りてくる。
「暇ってほどじゃないけど、何か用?」
「サイカーラクラの親父さんが、何か、話しがあるらしいんだ」
天井から、くすっ、と笑いが漏れた。サイカーラクラの親父さん、が効いたらしい。
「いいよ、このままで、よく聞こえるから、何でもどうぞ」
天井からの声に、意外にも、真顔に返ったミウラヒノが返事した。
「できれば、場所を変えてくれないか。2人で話したい」
「いいけど」そう言う、天井の声は笑いを含んでいる「どうして?」
「そばにサイカーラクラがいるんだろう?」
ミウラヒノが言った。
「できれば、あの子には、聞かれたくないんだ」
「わかったよ」
ジムから通じるドアのひとつが開いた。
「そこから出て、右隣すぐの部屋に入って待ってて、すぐに行くから」
ありがとう、ミウラヒノはそう言って、ビルワンジルとイリナイワノフに一礼すると、いま、ジルフーコの開けたドアに向かって歩き出した。
「やあ、お待たせ」
部屋に入ったジルフーコは、ミウラヒノの前にある椅子に腰掛ける。
「いちおう、この部屋、シールドかけてあるから、サイカーラクラにも聞こえないと思うよ。まあ、本気だされたら、シールドなんか意味ないけどね」
「誰の本気だい?」
「他の誰でもだよ」ジルフーコはメガネのフレームをいじる「宇宙船については、ボクがいちばん詳しい、ってことになってるけど、言うほど差はないんだ」
「それは、他のことでもそうなのかな」
そう尋ねるミウラヒノの口調は、意味ありげだった。
「たとえば、胞障壁踏破とか?」
「ボクらは、胞障壁を超えるときは、みんな管制室に集まるんだけど」
ジルフーコは淡々と答える。
「安全のためだけじゃない、とボクは思ってるよ」
「君は、胞障壁を超えられる?」
「いまのままじゃ無理だけど、やりようによっては、できないこともないかな?」
ジルフーコのメガネは、思ったよりずっとジルフーコの本心を隠す。ああ、サイカーラクラに似ているのだな、とミウラヒノは思った。
ミウラヒノは話題を変えた。
「デルボラが他の胞宇宙に出てくる可能性があると言ったらしいが?」
「あるよ」
ジルフーコは平然と答えた。
「いちばんありそうなのは、光子体に転換して他の胞宇宙に移動して仕事をすまし、またデルボラに戻って、重中性子体に再転換する。いろいろ問題あるけどね」
「問題とは?」
「情報体転換は、たとえ情報体同士での転換でも、情報の欠落の危険がある。無限大の情報転換だから転換率に意味がないので、なんとも言えないが、もとの個体を維持できるかどうかは、極めて疑問だ」
ジルフーコはミウラヒノを見つめ、笑った「で、どうだった?」
「何とも言えない」ミウラヒノは素直に答えた「アグリアータやラクトゥーナルでは、わからない程度らしい。逆にサイカーラクラが、わたしを認識できる程度には原体情報は残っている、といったところだ。本当のところは、ダーにでも会ってみないとわからないだろうな」
なるほどね、とジルフーコは肯いて、話しを進めた。
「そして、他の問題、宇宙皇帝は、重中性子体であれば、最強と言えるかもしれないが、光子体になったら、そういうわけにはいかない。敵も多いらしいしね」
「そっちのほうが、デルボラにとっては問題だろう。なによりヤツは慎重だから、そんな危険を犯すとは思えない」
ミウラヒノは嘆息すると、ジルフーコに向かって言った。
「やっぱり、君も、サイカーラクラは連れていったほうが良いと思うのか?」
「まあ、そうだね」ジルフーコは答えた「いくらアナタが励起子体になったといっても、ちょっと、サイカーラクラの代わりにはならないんじゃないかと思うんだ。重中性子体相手に、サイカーラクラを欠いて挑むのは、どう考えても戦力不足だよ」




