ファライトライメン(8)
「とりあえず、直近の問題は、先送りにしたから」
ミウラヒノがやってきて、言う。
言っていることはその通りだし、嘘をついているわけではないが、普通に腹立たしい。
「そうですか」タケルヒノはミウラヒノの顔も見ずに言う「それで?」
「将来のことについて、腹を割って話しあおう」
「あらかじめ、言っておきますが」
タケルヒノは、意味のない図形が踊り狂うコンソール画面を見つめながら、言った。
「あなただけ、デルボラに送り込んで、あとは全員帰れ、って話しなら、聞きませんからね」
「黙って帰したりはしない」
ミウラヒノは、コンソールとタケルヒノの間に割り込もうと顔を近づけた。
「わたし亡き後のファライトライメンを取り仕切ってもらおうと…」
「もっと、嫌です」
「お前、ワガママだぞ」
「だから、何です?」
「いや、別に…」
ミウラヒノは、ふてくされてソッポを向いた。
「だいたい、あなたひとりで、デルボラに行ってみたところで、どうにもならないでしょう?」
「話し合いができる」
「そもそも、宇宙皇帝でなくたって、あなたの話しなんか聞く人はいませんよ」
「胞障壁に引きずり込む」
「どうやって、胞障壁まで宇宙皇帝連れて行くつもりなんです? あなたがもたないでしょう?」
「そうかあ? なんとかなると思うぞ。そのために励起子体になったんだし」
「出てきたら、どうする気です?」
「え? 何だって?」
「胞障壁に引きずり込んだ宇宙皇帝が、胞障壁から出てきたら、どうするつもりですか?」
「いやあ、出てこれないだろう」
「あなたですら、28回も胞障壁から出てこれたのに、ですか?」
ミウラヒノは、少しの間、黙っていたが、負け惜しみのように、つぶやいた。
「確かに、デルボラは、わたしより慎重だからな」
「まあ、言い争ってもしかたありません」
タケルヒノは、ようやく、ミウラヒノのほうを向いた。
「デルボラには、みんなで行きます。ついでに、あなたも連れて行ってあげても、いいですよ」
「おい、あの頑固者をなんとかしてくれ」
「なんだよ、おっさん、うるさいなあ」
ソファで昼寝中のところを、ミウラヒノに起こされたジムドナルドは、露骨に嫌な顔をした。
「ああ、起こしたのは、悪かった」
たぶん、ミウラヒノは口で言っているだけで、毛ほども悪いとは思っていない。
「タケルヒノが、君らを全員、デルボラに連れて行くと言うんだ」
「そんなのあたりまえだろ?」ジムドナルドは不機嫌な顔でソファに突っ伏した「そんなくだらないことで、いちいち騒ぐな」
「デルボラは危険だ」
ミウラヒノは言った。
「そりゃあ、危険だが」ジムドナルドが返した「俺たちの内の誰かが、別行動取るほうが、もっと危険だ」
「そうかもしれないが、せめて、サイカーラクラと、ボゥシューは、ファライトライメンに残ったほうがいい」
「場所はこの際、関係ない」ジムドナルドは欠伸した。両手をつっぱり、体を伸ばす「デルボラが危険、と言ったところでたかがしれてる、それより、俺たちがバラバラになるほうが危険だ」
「しかし…」
「しかしもヘチマもあるか」
ジムドナルドはミウラヒノの言い分をまったく取り合わない。
「もういっかいしか言わんぞ。俺たちは一緒にいるのがいちばん安全なんだ。俺たちも安全だし、そのほうが、タケルヒノも安全だ」
「説得しろ? 何を?」
ボゥシューは、きょとん、とした顔で聞き返した。
「タケルヒノが、全員でデルボラに行くと言ってる。せめてサイカーラクラだけでも残すように説得して欲しい」
「何故、そんなことをする? 危険だぞ」
「君たちは、デルボラがどれほど危険か、まるでわかってない」
「それは、アナタも一緒だろ?」ボゥシューは言い返した「危険かどうかなんてことより、そもそもアナタだって、デルボラのこと、あんまりよく知らないじゃないか」
「そりゃあ、まあ、そうだが…」
「だったら、おとなしく、タケルヒノの言うことを聞いとけ」
ボゥシューの言うことはもっともだ。だが、それを聞いて、おとなしく引き下がるほど、ミウラヒノは人間ができていない。
「ファライトライメンにいれば」ミウラヒノは言った「ここにいれば、少なくとも、デルボラは手出しできない」
「何故、そんなことが言える?」
「デルボラは、あの胞宇宙から出てこれない」
「確かに、いままで、出てきたことはない」
ボゥシューは、幼子に嚙んで含めるような口調で言う。
「けれど、宇宙皇帝が、出てこれないのか、出てこないだけなのかは、わからない。一発勝負で多少のリスクを取れば、こちらに来る方法なら、いくらでもあると、ジルフーコは言ってたぞ」
「…デルボラは慎重だ。臆病すぎるくらいだ。わたしとは違う。そんな一か八かの賭けに出たりはしない」
ミウラヒノの声からは、すでに、いつもの根拠の無い自信、といったものは消えていた。
そのまま、放っておいても良かったのだが、
念のため、ボゥシューは、一言、付け加えた。
「それは、アナタがそう思ってるだけだ」




