ファライトライメン(7)
サイカーラクラの病室に行こうと、ボゥシューが廊下を歩いている。
角を曲がると、ちょうど病室の前あたりから、イリナイワノフが駆け寄ってきた。
「ボゥシュー、サイカーラクラのところに行くの?」
そうだ、と答えると、イリナイワノフが、ちょっと、ちょっと、と手前の部屋に、ボゥシューを押し込む。イリナイワノフの後ろから、ビルワンジルが、のんびりついてくる。
「なんだよ、どうしたんだ?」
しっ、と、イリナイワノフが人差し指を口に当てた。
「ジルフーコがいるんだよ。サイカーラクラの部屋に」
え? とボゥシューが困惑して、イリナイワノフとビルワンジルを交互に見比べる。とまどうボゥシューに、ビルワンジルが小声で笑いながら言った。
「イリナイワノフが言うには、いま、入っちゃだめなんだそうだ」
「ボゥシューは、緊急の用じゃないよね?」
イリナイワノフは真剣な顔つきで尋ねる。
「ああ、容体も安定しているし、ただの定期回診みたいなもんだよ」
「じゃ、もう少しだけ、待って、ね。いいよね?」
「あ、あぁ、まぁ…」
力なく答えるボゥシュー。
イリナイワノフは、つかの間、安堵の表情を見せたものの、ドアの外の物音に、またぞろ、弾かれたように廊下に飛び出した。
口笛を吹きながら廊下を行くジムドナルドの右手を、むりやり引っ張って部屋の中に連れ込んだ。
「何だよ、いきなり」
しぃーっ、と、イリナイワノフは自分の顔前に人差し指を立てた。
「いま、あの部屋、入っちゃだめ」
「何でだよ」
「ジルフーコがいるの」
ほぉ、と、ジムドナルド。イリナイワノフの一言で、どうやら察したらしい。しばし、天井に視線を泳がせたが、向き直って、ボゥシューに言った。
「あの部屋、外からモニターできるんだろ?」
「なんだ、いきなり…」
ボゥシューは、ごまかそうとしたのだが、ジムドナルドの無駄にひょうきんな愛想笑いに押し切られて、そっぽを向きつつ、言った。
「まあ、できないこともない」
ほんと? と、横から口を出すイリナイワノフ。気のせいか、瞳が輝いているように見える。
抗弁したそうな、気まずい顔。しかし、ボゥシューの口から出たのは、何故か、否定の言葉ではなかった。
「いいよ、ついてきて」
ボゥシューは先頭きって、実験室のほうに歩きだした。
ボゥシューとしても、
気にはなったのである。
ボゥシューの後ろに、イリナイワノフ、ジムドナルド、結局、ビルワンジルもついてきた。
皆、実験室のコンソールの前に群がる。
モニタリングシステムを切り替えると、ベッドに寝ているサイカーラクラが映った。
枕元の椅子に、ジルフーコが掛けている。
「言っとくけどな」
ボゥシューは、まだ少し抵抗があるらしい。
「こういうことするために、設置してるんじゃなくて、容体の急変に対応するためにだな…」
「おい、これ、どうやったら音出るんだ?」
ジムドナルドが、あちこち勝手にいじり出す。
「おい、こら、やめろ」
ボゥシューが、あわてて止めた。
「音はちゃんと出てる。2人がおとなしいだけだ」
「本当か?」
眠ったままのサイカーラクラと、傍らに座るジルフーコ。
ジルフーコは、メガネのフレームに右手の指を当てたまま、指先を細かく動かすだけで、ほとんど動かない。
「退屈なやつらだなあ」ジムドナルドがぼやく「話しぐらいすればいいのに」
「話ししてるんじゃないのか?」
ボウシューが言った。
「何?」
「いや、そんな気がしただけだ。ジルフーコのメガネは小型端末になってるし、サイカーラクラは、その気になれば、あらゆる情報に直接接続できる」
あ、と、小さくジムドナルドが呟いた。
コンソールの中。
いままで、じっと、サイカーラクラを見つめていたジルフーコが、不意に見上げると、カメラ目線で手を振ってきた。
ここまでだな、と、ボゥシューが言い、こちらの音声をオンにした。
「ジルフーコ」ボゥシューはコンソールに向かって話しかける「サイカーラクラの具合はどうだ」
「ボクに聞くより、本人に聞いて」
ジルフーコが答えた。
「目閉じてるだけで、起きてるから」
ジルフーコが言うと、サイカーラクラは、ぱちっ、と両目を開けた。
「ボゥシュー」サイカーラクラは、ぎこちなく笑った「まだ、体中がむずがゆいです。熱っぽくて、あまり元気がでません」
「わかった」ボゥシューは言った「そのまま寝ててくれ、いま、行くから」
ボゥシューはコンソールをオフにした。
「はい、これで、おしまいだ。ジルフーコ相手に、この宇宙船内で、なにか秘密でやろうなんて、そもそも無理なんだよ」




