ファライトライメン(6)
ボゥシューの実験室に、ミウラヒノが、ひょい、と顔を出した。
「サイカーラクラの具合は、どうだろうか?」
「ポッドから出て、ベッドに寝てるよ」
そう言ったボゥシューは、眉根を上げて、ミウラヒノにきびしい視線を投げた。
「まだ、会いに行ってなかったのか?」
「いや、まあ…、先に専門家の意見を聞いたほうが、いいかな、とか、思って…」
やれやれ、という顔で、それでも、ボゥシューは説明を始める。
「ひさしぶりに、体組織の急激な変化が見られる。最近は、変化が穏やかだったからな。簡単に言うと、地球人とライメニアの間ぐらいに移行している。ライメニアの割合は2~3割ぐらいで、地球側が支配的だが、かなり変調が大きい」
「と、いうことは?」
「基本的に、サイカーラクラは、自分のなりたい者になる。それが、励起子体の特徴なのか、サイカーラクラ固有のものなのかは、ワタシにはわからない。だが、現在の状況は、サイカーラクラの錯綜した情報に、体のほうが引きずられているというのが、正しい。落ち着くまでは、しばらくかかるだろう」
「サイカーラクラ、固有の理由だ」
ミウラヒノが答えた。
「普通の情報体は、原体が生命体だが、サイカーラクラは完全な情報だけを元に構成されている。原体側の制限がそもそもないので、その点は自由度が高いが、逆に言えば、サイカーラクラ自身がしっかり己を保てないと、体の方にまで影響が出てしまう」
「それが、わかっていて、光子体のまま、胞宇宙を渡り歩いたのか? 宇宙皇帝の攻撃がなくたって、極めて危険だぞ」
「なんとか守り切れるのではないかと、そのときは思っていた」
「バカか? 世の中、アナタとかタケルヒノみたいな、ぶっ潰しても壊れないような精神を持っているのは、非常に稀なんだぞ。自分の感覚で判断するな」
「それは、第2類量子コンピュータの原体 ― ダーにも、ものすごく、怒られた」
「あたりまえだろう」
「いや、原体が宇宙規模のコンピュータだったから、もっと強靭なのだと誤解していて…」
「アナタは、いろんなものに夢見すぎなんだ」ボゥシューは断罪した「もっと、現実を直視しろ」
「…反省している」
うなだれて、小さくなっているミウラヒノを見て、どうだか、とボゥシューは思った。初めてこういう姿を見せられたら、ボゥシューだって、本当に反省しているように思ったかもしれないが、こういうのはタケルヒノで慣れている。実際、タケルヒノのほうがもっと上手いくらいだ。
この手の輩は、心の底から反省することなど、絶対にない、それをボゥシューは知っている。
「ちゃんと、サイカーラクラと会って、話ししてくれ。後のことは、それが済んでからだ」
「わたしが会っても、大丈夫だろうか?」
「そんなことは、知らん」
ボゥシューは、冷たく言い放った。
「大丈夫だろうが、大丈夫じゃなかろうが、アナタはサイカーラクラに会うんだ。そうしなければ、ダメだ」
なおも哀しげな視線をボゥシューに向けるミウラヒノに、はた、と気づいたボゥシューは、声を荒げた。
「ちゃんと、ひとりで行けよ。ワタシは付き添いなんかしないぞ」
「タケルヒノのときは、同席したんだろ?」
「それは、ワタシがヤキモチ焼きだからだ」
ついにボゥシューが、ブチ切れた。
「いくら病人でも、サイカーラクラとタケルヒノが2人きりになったりしたら、ワタシが怒り狂うのをタケルヒノが知ってるからだ。くだらないことを言ってないで、さっさとサイカーラクラのところに行け」
ドアを開ける前に、ミウラヒノは開閉プログラムにアクセスして、極めてゆっくりした速度でドアをすべらせた。
細心の注意を払ったので、ドアは、かたり、とも鳴らなかった。
サイカーラクラは、眠っていた。
規則正い寝息を確認しつつ、枕元まで忍んだミウラヒノだったが、
幾度か口を開くが、なかなか声をかけられない。
サイカーラクラは、眠っている。
サイカーラクラの寝顔を見つめながら、
ミウラヒノは、あきらめてしまった。
くるりと、背を向けると、忍び足でドアへと一歩踏み出す。
「お父さん」
背中にかけられた声に、ミウラヒノは固まってしまった。
「お父さん」
サイカーラクラは、もう一度言った。
「起こしてしまったようだね」
振り返ったミウラヒノは、照れ隠しのような笑みを浮かべ、枕元に置かれた小さな椅子に腰掛けた。
「すまなかった」
起こしてすまなかった、とも、いままですまなかった、とも、どちらにもとれるような言いかただった。
あいかわらずだなあ、とサイカーラクラは思い、なんだか、おかしくなったので、つい、微笑んでしまった。
ミウラヒノも笑った。
「少し、思い出しました」
サイカーラクラは、言った。
「昔のこと…、私が、いまより、頭の良かったころのこと…。だいたい、お母さんの話してくれたことと、同じだったみたいです」
「うん、そうだね」
「昔のことは、少し思い出しました。でも、励起子体になってからのことの出来事のほうが、強くて鮮明なので、昔のことは、おぼろげな夢のようです」
「そのほうがいい」
ミウラヒノは言った。
「わたしは、あまり良い父親ではなかったしな」
サイカーラクラは、じっと、ミウラヒノを見つめる。顔から体、指の先まで、サイカーラクラの視線がすべり、最後にまたミウラヒノの顔に戻って、その青い髪の色を凝視した。
「お父さんも、励起子体になったのですね」
「そうだよ。だから、お前は、もう、怖い目にあわなくていいんだ。後は、お父さんがやるから」
いいえ、とサイカーラクラは頭を振った。
「私は、もう、大丈夫なんです。私には、お友だちがいますから」
「ああ、そうだったね」
ミウラヒノは言った。サイカーラクラの言うとおりだ。
「そもそも、わたしは、お前の友だちに相談しないことには、もう何も出来ないんだった。本当なら、タケルヒノに、もう、最初の光子体じゃない、と言われたときに、気づくべきなのに、どうしようもないな」
「それは、しかたありません」
サイカーラクラは笑った。
「お父さんは、うっかりさんですから、いつだって、考えなしに行動してしまうのです」
「そうだなあ」
ミウラヒノは笑わなかった。
「これはもう、光子体から励起子体になったからって、直るようなものでもないし、一生、どうしようもないんだろうなあ」




