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ワンダー7  作者: 二月三月
超重力の罠

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ファライトライメン(6)

 

 ボゥシューの実験室に、ミウラヒノが、ひょい、と顔を出した。

「サイカーラクラの具合は、どうだろうか?」

「ポッドから出て、ベッドに寝てるよ」

 そう言ったボゥシューは、眉根を上げて、ミウラヒノにきびしい視線を投げた。

「まだ、会いに行ってなかったのか?」

「いや、まあ…、先に専門家の意見を聞いたほうが、いいかな、とか、思って…」

 やれやれ、という顔で、それでも、ボゥシューは説明を始める。

「ひさしぶりに、体組織の急激な変化が見られる。最近は、変化が穏やかだったからな。簡単に言うと、地球人とライメニアの間ぐらいに移行している。ライメニアの割合は2~3割ぐらいで、地球側が支配的だが、かなり変調が大きい」

「と、いうことは?」

「基本的に、サイカーラクラは、自分のなりたい者になる。それが、励起子体(パウフラニア)の特徴なのか、サイカーラクラ固有のものなのかは、ワタシにはわからない。だが、現在の状況は、サイカーラクラの錯綜した情報(リーンファン)に、体のほうが引きずられているというのが、正しい。落ち着くまでは、しばらくかかるだろう」

「サイカーラクラ、固有の理由だ」

 ミウラヒノが答えた。

「普通の情報体(リーンファノア)は、原体(ピスレイン)が生命体だが、サイカーラクラは完全な情報だけを元に構成されている。原体側の制限がそもそもないので、その点は自由度が高いが、逆に言えば、サイカーラクラ自身がしっかり己を保てないと、体の方にまで影響が出てしまう」

「それが、わかっていて、光子体(リーニア)のまま、胞宇宙(セルベル)を渡り歩いたのか? 宇宙皇帝の攻撃がなくたって、極めて危険だぞ」

「なんとか守り切れるのではないかと、そのときは思っていた」

「バカか? 世の中、アナタとかタケルヒノみたいな、ぶっ潰しても壊れないような精神を持っているのは、非常に稀なんだぞ。自分の感覚で判断するな」

「それは、第2類量子コンピュータの原体(ピスレイン) ― ダーにも、ものすごく、怒られた」

「あたりまえだろう」

「いや、原体(ピスレイン)が宇宙規模のコンピュータだったから、もっと強靭なのだと誤解していて…」

「アナタは、いろんなものに夢見すぎなんだ」ボゥシューは断罪した「もっと、現実を直視しろ」

「…反省している」

 うなだれて、小さくなっているミウラヒノを見て、どうだか、とボゥシューは思った。初めてこういう姿を見せられたら、ボゥシューだって、本当に反省しているように思ったかもしれないが、こういうのはタケルヒノで慣れている。実際、タケルヒノのほうがもっと上手いくらいだ。

 この手の輩は、心の底から反省することなど、絶対にない、それをボゥシューは知っている。

「ちゃんと、サイカーラクラと会って、話ししてくれ。後のことは、それが済んでからだ」

「わたしが会っても、大丈夫だろうか?」

「そんなことは、知らん」

 ボゥシューは、冷たく言い放った。

「大丈夫だろうが、大丈夫じゃなかろうが、アナタはサイカーラクラに会うんだ。そうしなければ、ダメだ」

 なおも哀しげな視線をボゥシューに向けるミウラヒノに、はた、と気づいたボゥシューは、声を荒げた。

「ちゃんと、ひとりで行けよ。ワタシは付き添いなんかしないぞ」

「タケルヒノのときは、同席したんだろ?」

「それは、ワタシがヤキモチ焼きだからだ」

 ついにボゥシューが、ブチ切れた。

「いくら病人でも、サイカーラクラとタケルヒノが2人きりになったりしたら、ワタシが怒り狂うのをタケルヒノが知ってるからだ。くだらないことを言ってないで、さっさとサイカーラクラのところに行け」

 

 ドアを開ける前に、ミウラヒノは開閉プログラムにアクセスして、極めてゆっくりした速度でドアをすべらせた。

 細心の注意を払ったので、ドアは、かたり、とも鳴らなかった。

 サイカーラクラは、眠っていた。

 規則正い寝息を確認しつつ、枕元まで忍んだミウラヒノだったが、

 幾度か口を開くが、なかなか声をかけられない。

 サイカーラクラは、眠っている。

 サイカーラクラの寝顔を見つめながら、

 ミウラヒノは、あきらめてしまった。

 くるりと、背を向けると、忍び足でドアへと一歩踏み出す。

「お父さん」

 背中にかけられた声に、ミウラヒノは固まってしまった。

「お父さん」

 サイカーラクラは、もう一度言った。

「起こしてしまったようだね」

 振り返ったミウラヒノは、照れ隠しのような笑みを浮かべ、枕元に置かれた小さな椅子に腰掛けた。

「すまなかった」

 起こしてすまなかった、とも、いままですまなかった、とも、どちらにもとれるような言いかただった。

 あいかわらずだなあ、とサイカーラクラは思い、なんだか、おかしくなったので、つい、微笑んでしまった。

 ミウラヒノも笑った。

「少し、思い出しました」

 サイカーラクラは、言った。

「昔のこと…、私が、いまより、頭の良かったころのこと…。だいたい、お母さんの話してくれたことと、同じだったみたいです」

「うん、そうだね」

「昔のことは、少し思い出しました。でも、励起子体(パウフラニア)になってからのことの出来事のほうが、強くて鮮明なので、昔のことは、おぼろげな夢のようです」

「そのほうがいい」

 ミウラヒノは言った。

「わたしは、あまり良い父親ではなかったしな」

 サイカーラクラは、じっと、ミウラヒノを見つめる。顔から体、指の先まで、サイカーラクラの視線がすべり、最後にまたミウラヒノの顔に戻って、その青い髪の色を凝視した。

「お父さんも、励起子体(パウフラニア)になったのですね」

「そうだよ。だから、お前は、もう、怖い目にあわなくていいんだ。後は、お父さんがやるから」

 いいえ、とサイカーラクラは頭を振った。

「私は、もう、大丈夫なんです。私には、お友だちがいますから」

「ああ、そうだったね」

 ミウラヒノは言った。サイカーラクラの言うとおりだ。

「そもそも、わたしは、お前の友だちに相談しないことには、もう何も出来ないんだった。本当なら、タケルヒノに、もう、最初の光子体(ピスリーニア)じゃない、と言われたときに、気づくべきなのに、どうしようもないな」

「それは、しかたありません」

 サイカーラクラは笑った。

「お父さんは、うっかりさんですから、いつだって、考えなしに行動してしまうのです」

「そうだなあ」

 ミウラヒノは笑わなかった。

「これはもう、光子体(リーニア)から励起子体(パウフラニア)になったからって、直るようなものでもないし、一生、どうしようもないんだろうなあ」

 


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