ファライトライメン(4)
「おじさん、って、サイカーラクラのお父さんなの?」
おっかなびっくり、という感じで、イリナイワノフが尋ねてきた。
「情報核を共用してたことがあってね」
ミウラヒノが答える。
「お父さん、と言えば、お父さんかな。カンガルーみたいに、わたしの中にサイカーラクラが入ってたんだ」
「カンガルーはお母さんだよ?」
不審げな顔つきで、イリナイワノフが指摘する。
「例えが悪かったかな。皇帝ペンギンとか、あんな感じかな」
「ああ、ペンギンは、お父さんがタマゴあたためるね」
「そう、そんな感じ」
ここでイリナイワノフは不思議そうな顔で、ミウラヒノを見つめる。
「ダーと結婚してたの?」
「え?」
「ダーは、サイカーラクラのお母さんだよ?」
さて、
ミウラヒノはかなり困ったが、しばらく考えてから、説明を捻り出した。
「リーボゥディル、は、知ってるかな?」
「知ってる。光子体の男の子」
「そう、彼のお父さんとお母さんは、リーボゥディルが生まれたときには、まだ結婚してなかったから」
「あ、そうだね、なんかそういうの聞いたことある、ボゥシューから」
イリナイワノフは、まだ、腑に落ちないようだ。
「でも、そういうの、あまり言っちゃいけないんだよね。とくに、リーボゥディルには」
「そうだね」
イリナイワノフは、まじまじと、ミウラヒノを見つめる。
「じゃあ、おじさんは、これからダーと結婚するの?」
「いや、それはないんじゃないかなあ」
さしものミウラヒノも、イリナイワノフにかかっては、たじたじである。
「だいたい、わたしは、ダーに嫌われてるみたいだしね」
ここで、イリナイワノフは、はっ、と何かに思い当たったらしい。
「あ、ごめんなさい、この話しはもういいや」
イリナイワノフは急に慌てだした。
「そういう家庭の事情を聞くつもりじゃなかった。あの…、あたしが聞きたかったのは、サイカーラクラが小さかった頃の話しで…」
「サイカーラクラの小さいころ?」
「そう、可愛かった?」
息せき切って尋ねるイリナイワノフに、ミウラヒノは驚いたが、微笑むと、話しだした。
「優しい子だったよ。いまと変わらない。小さいころは、わたしの中にいたから、姿はよくわからなかったけど。励起子体になってからは、見かけはあまりかわらないと思う」
「そっかあ、いきなり、いまのサイカーラクラなのか、ちっちゃいサイカーラクラはいなかったんだ」
それがイリナイワノフなりの解釈らしい。それを後押しするわけでもないのだろうが、ミウラヒノが言った。
「情報体だからね」
「情報体って、不思議だね」
君のほうがもっと不思議だよ、とミウラヒノは言いそうになったが、やめた。
どこが? と聞かれたら。正直、うまく説明できる自信がなかったから。
「タケルヒノの初恋の女の子が、ボゥシューだったって、ホント?」
ジルフーコが、突然、尋ねてきたので、ミウラヒノは少し面食らった。
「まあ、そういうことになるのかな。サイカーラクラの感じたことからすると」
「だから、サイカーラクラは、最初、あんなにボゥシューとタケルヒノに執着してたんだね」
「そうかもしれない」ミウラヒノはサイカーラクラとの思い出を掘り起こしてみた「サイカーラクラは、ボゥシューを羨ましがるというより、単純に、ただ、驚いたというような感じだった。そして、励起子体になって、君たちと旅をすることをとても嬉しがっていたよ」
「本当に?」
「本当だ。ただ、励起子体になったときに、かなりの部分の記憶が埋没したらしい。旅の目的も、君たちのことも、サイカーラクラ自身のことも、そして、わたしのことも、忘れたみたいだった。だから、ここに来て、わたしのことを思い出したのには、本当に驚いたよ」
「アナタも励起子体になったときに、記憶欠損はあった?」
「どうだろな、もともと忘れっぽいほうなんで、あまり自信はない。ただ、アグリアータやラクトゥーナルと話した感じでは、それほど致命的な記憶欠損はないんじゃないか? 普通のボケ老人程度だと思うよ」
「あまり、アテにはできないみたいだね」
ジルフーコは笑った。しかし、すぐに真顔に戻ると、重ねて質問した。
「サイカーラクラとアナタの違いは? アナタは2度めだから、少し手順を改良した?」
「それはない」ミウラヒノは即座に否定した「わたしはサイカーラクラと全く同じ方法で励起子体になった。サイカーラクラの記憶が曖昧な理由は、あの子の記憶容量が膨大なせいだ。全複写しているはずなのだが、関連性のつながりが混沌としているのだと思う」
「連続体密度の無限では、無理があるということ?」
「言ってしまえば、そういうことになる。その件では、ダーにもずいぶん怒られた」
「誰だって怒るよ」ジルフーコは言った「サイカーラクラは優しいから、怒らないだけだ」
ミウラヒノは何とも返事はしなかった。
「忘れたままなら構わないけど、何かのひょうしに思い出すほうがやっかいかもしれないね。記憶そのものは移植されてるようだし」
「現にわたしのことを思い出した」
「威張るトコじゃないよ。ソレ」
ジルフーコはメガネのフレームに手を当てた。何かを探しているのかもしれない。そうでないのかもしれない。
「ボクの受精卵作りに関与したかい?」
「それはない」
ミウラヒノは即座に否定した。まるで待ち構えていたかのようだった。
「わたしとサイカーラクラが地球に着いたのは、君が生まれた後だ。いくら、わたしでも、時を遡っての干渉はできない。つまり、わたしと、サイカーラクラが、君の生誕に干渉した事実はない」
「まるで、他の誰かさんが、干渉したような口ぶりだね」
ジルフーコは笑った。いつものいたずら小僧の笑い、だが、その眼差しは冴え切っていた。
「わたしは偶然を信じない」
ミウラヒノはジルフーコの視線を真っ向から浴びつつ、答えた。
「そのできごとが、重要であればあるほど、それが偶然で左右されることなど有り得ない」
「誰の干渉だい?」
「宇宙」
「ずいぶん、大きく出たね」
「第2類量子コンピュータは、宇宙そのものに極めて近い。そのようにわたしが造った。その部分群であるサイカーラクラを哀れに思ったら、宇宙が、第2類量子コンピュータではなく、宇宙自身が、なんとかしようと思うだろ?」
「確かに、そうかもしれないね」
「サイカーラクラには、君たちが必要だった。無論、君も含めてだ」
「ずっと…、ボクが生まれた理由を考えてた」
ジルフーコは笑いとも平然ともとれる、曖昧な表情で話しだす。
「両親が望んだのじゃないことは、はっきりしてた。ボクが生まれる前に死んでたし、そもそも2人は互いに相手のことを知らなかった。他にもいろいろ考えてみたけど、あまり、納得のいく答えは思いつかなかった。でも、もし、ボクが、サイカーラクラのために生まれたのだとしたら…」
ジルフーコはミウラヒノに視線を向けた。その瞳には、さっきまでの挑むような意思の光は消えていた。
「いままでの中では、いちばん魅力的な答えだな。たとえ嘘でも、信じてみたい気がするよ」




