ファライトライメン(3)
「おい、おっさん」
ジムドナルドは、ソファに長々と寝そべるミウラヒノに声をかけた。
ぱちっ、とミウラヒノの瞼が開いたのを確認し、さらに言う。
「それ、俺のソファ、どいてくれ」
ミウラヒノは笑顔で跳ね起きると、傍らの椅子を引っ張ってきて腰掛けた。
「やあ、すまない。待ってる間にうとうとして、眠ってしまったよ」
ジムドナルドは、ソファに腰掛けると、ミウラヒノを見て、言った。
「何か用?」
「おじさんに聞きたいことがあるんじゃないかと思ったのさ」
ミウラヒノは満面に笑みをたたえる。ここまでワザとらしいと、実は一片の真実が隠されているのではないか、と勘ぐってしまうほどの、作り笑いだ。
「さあ、何でも言ってごらん、答えてあげよう」
「タケルヒノを、どうやって見つけた?」
瞬時にミウラヒノの笑いが消えた。
「いきなり凄いこと聞くな。君には、遠慮とか、そういうものは無いのか?」
「何でも聞け、って言ったろ?」
「タケルヒノを選び出したのは、サイカーラクラだ」
「おっさん」ジムドナルドの声が2段階低くなった「いいかげんなこと言うと承知せんぞ。他人のせいにするな」
「本当だ。タケルヒノを見出したのはサイカーラクラだ。まあ、厳密に言えば、第2類量子コンピュータには、他の人間とタケルヒノを、タケルヒノの能力を区別というか、認識する能力はないわけだが…」
「サイカーラクラが特別だとでも言うつもりか?」
「そうだ。…だが、サイカーラクラは、確かに特別だが、それほどではない、強いてあげればボゥシュー…」
「ボゥシューが特別なのは、知ってる」
ジムドナルドはそう言って、ミウラヒノの言葉を止めた。黙らせた間に考えを巡らせ、ひとつの結論を得る。
「サイカーラクラは他人の気持ちが読めたな」
「少し違うが、推論能力を極限まで使えば似たような感じにはなる」
「本人は、自分が感情に乏しい分、他人の感情には敏感なのだと言ってたが…、そう言われても違和感があった」
「第2類量子コンピュータの特徴のひとつだ」
「なるほど、ダーも、似たような感じだった」
「ダー? 原体の第2類量子コンピュータのことか?」
「そうだ」ジムドナルドは、ニヤリと笑った「ダーが一緒じゃなくて、あんたも、ほっとしたろ?」
ミウラヒノはその件については何も言わなかった。ジムドナルドも深追いはしない。
「ボゥシューの記憶からタケルヒノを拾ったのか?」
「そういうことになるかな」
ミウラヒノは、あいまいに返事した。
「サイカーラクラには鮮明な映像に見えたらしい。湖に浮かぶボートに一緒に乗っている少年だ」
「湖の少女、なんてこった、少女側から見れば確かに相手は少年だ」
「その少年が、君でもジルフーコでもなかったからな。大急ぎで探した」
「何で、そこで俺が出てくる?」
「知能程度が同等でないと双方とも会話が成り立たんのだ。特に自意識の強い幼少の頃はそれが顕著だ。成長すれば多少は妥協できるが、子供はそうもいかん。ボゥシューはこの宇宙船に来るまで、家族以外とは話しもできなかったんだ。地球上で、彼女がまともに話せるのは、君か、ジルフーコだけのはずだったのだ」
「ビルワンジルやイリナイワノフとも話しできてるぞ」
「知能の発現形態が異なる場合、未熟なときには、同等の能力者でも誤認識する。ビルワンジルやイリナイワノフは身体能力として誤認されがちだが、あれは立派な知能なんだ。筋肉を動かすのは神経で、統合するのは脳だからな」
「それぐらい知ってる。ちょっと、引っ掛けてみただけだ、が…。最初に戻ると、結局、タケルヒノを最初に見つけたのは、ボゥシューということか?」
「そういうことになるな」
「それで、確かめに行った?」
「そうだ」
「驚いたか?」
「驚いたなんてものじゃない」
ミウラヒノは、このころにはすっかり当初の余裕もなくなり、夢中でタケルヒノのことを語っていた。
「君やジルフーコやボゥシュー、まあ、ビルワンジルやイリナイワノフだって同じことだが、出来の良い子供は、とにかく目立つんだ。だから君ら5人を見つけるのは、造作も無いことだった。だが、タケルヒノは違う」
「俺もそこが不思議だった」ジムドナルドも同意した「なんてったって、あいつは普通の人間のふりをしてたんだからな」
「普通のふりなんかできんよ。発達過程では、そういうことができないようになっている。それは、そういうものなんだ」
「あんた、発達心理が専門なのか?」
「よくわかったな。わたしのは、かなり正規のものからはずれてるから、普通は気づかないはずなんだが」
「俺も社会宗教学だが、はずれてるからな」
「神を造るのは、社会宗教学とは言わんだろ」
「はずれてる、って言ったろ。あんたと同じだ」
「…まあ、いい。発達過程では、何かのふりをするとか、そんな余裕はないんだ、成長するので、いっぱいいっぱいだからな。仮にそんなことをしても萎縮するだけで、たいしたものにはならん」
「でも、あいつは普通だぞ」
「そこがおかしい、強いて言うなら…」
ミウラヒノは言いよどんだが、我慢しきれなかったらしい。結局、ジムドナルドに結論を吐露した。
「それが、正しいから、としか言いようがない」
「鳥が飛ぶように、魚が泳ぐように」
ジムドナルドは言い、微かに笑った。
「言い得て妙、だな」
ミウラヒノも肯定した。
ジムドナルドが突然、笑い出した。
「ちきしょう、あと、少しだったんじゃないか。順序が入れ替わってれば、俺は欲しいものが手に入ってたんだ。競争相手なんか、ほんの2人だけだったのに」
「まあ、確かに、ボゥシューの眼鏡にかなうのは、君かジルフーコか、タケルヒノだけだからな」
ジムドナルドはミウラヒノを向いて笑う。ジムドナルドの瞳にはミウラヒノの顔など入ってはいない。
「タケルヒノのやつ、カナダなんか行きやがって、夏休みなら、マンハッタンだろう。まったく、しょうがないヤツだ」
「ああ、そっちのほうか」
ミウラヒノは、ニコリともせずに言う。
「そっちは、どう考えても無理だ。タケルヒノはそんなことはしない」
「そんなこと、わかってるって、何度も言ったろう?」
ジムドナルドの視界に、やっと、ミウラヒノが入った。
「洒落のわからん、おっさん、だな。そんなだから、モテないんだ」




