ファライトライメン(2)
「サイカーラクラは?」
「眠らせた。エネルギー充填ポッドに寝かせて、催眠波形でエネルギー補充している。もう少ししたら、落ち着くだろう」
「何故、情報体の扱い方を知ってる」
タケルヒノとボゥシューの会話に青短髪頭が割り込んだ。
「リーボゥディル」とボゥシューは答えた「アグリアータとラクトゥーナルの息子を再生した時におぼえた」
「君がボゥシューか」青短髪頭の顔が和らいだ「その節は世話になった。感謝する」
「いろいろ言いたいことはあるんですがね。叔父さん」
タケルヒノの言い方には、棘がある。
「とりあえず、些細な事ですが、面倒なので、先に片付けてしまいましょう。僕らは、あなたを何と呼べばいいですか?」
「何とでも、君らの好きなように呼んでくれ」
「そうは言っても、最初の光子体じゃ、おかしいだろう」ジムドナルドが反論した「もう光子体じゃないんだから」
「どういうこと?」
いろんな状況についていけない、イリナイワノフが、隣にいるビルワンジルに尋ねた。
「タケルヒノの叔父さん、もう光子体じゃないんだよ」
ビルワンジルが小声で言う。
「だから宇宙艇でここまで来たし、宇宙服も着てた。オレたちのところに来ないで、オレたちを呼び寄せたのも、たぶん、そのせいだ」
「え? だって、光子体になったら元に戻れないんじゃないの?」
「そのとおりだよ」青短髪頭は笑った「いまの、わたしは、励起子体だ。情報体同士の間なら変換可能だからね」
そして、タケルヒノに向くと、言った。
「お前の言い分も一理あるし、面倒だから、ミウラヒノでいいよ」
「また、その、苗字ふたつ重ねたヘンな名前使う気ですか?」
「いちいち、細かいこと気にするなよ。地球人…、いや、違うな、日本人でもなけりゃ、そんなこと気づくヤツすらいないだろ。もう決めたから、今日から、ミウラヒノ、これでいいな?」
憮然として、押し黙ったタケルヒノを、肯定したと勝手に解釈したミウラヒノが、続けて話しだす。
「うん、まあ、そういうわけで、ミウラヒノだ。よろしく。ところで、君ら、わたしにイロイロ聞きたいことはあるんだと思う。まあ、当然だな。ただ、この場でいきなり質問攻めだと、なんだ…、わたしも困るんで、最初に、ちょっとだけ、タケルヒノと2人だけで話させてくれないか。他のみんなには、すまないが…。どうだろう?」
「それで、ボクらはかまわないけど」
ジルフーコが言った。
「タケルヒノさえ、良ければね」
タケルヒノはしぶしぶ肯くと、目で他のメンバーに合図した。
皆、無言でミーティングルームを出た。ボゥシューは入り口で、一瞬、タケルヒノを振り返ったが、それに気づいたタケルヒノが目配せすると、わずかに微笑んで廊下へと去った。
「さて、じゃあ、何から聞きたい?」
開き直ったミウラヒノが、タケルヒノに言う。
「コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」
「コーヒー、砂糖大さじ5杯で」
「あなたが、地球にいるあいだ、光子体で良かったですよ」
言い残して、タケルヒノは、コーヒーを淹れにビュッフェへと消えた。
「子供のくせにブラックとか良くないぞ」
ミウラヒノはタケルヒノのコーヒーに難癖をつける。
「コーヒーはな、甘ければ甘いほど美味いんだ」
「なんなら、もっと砂糖入れますか?」
「いらない、コーヒー入りの砂糖湯とか、ぞっとする」
ミウラヒノが、一口だけコーヒーを口に含む、後は飲まないのを確認して、タケルヒノが言った。
「サイカーラクラを励起子体にしたのは、何故です?」
「サイカーラクラを宇宙皇帝から守るには、それしか方法がなかった」
「まあ、それはそうですが、もとはと言えば、あなたのワガママです」
「最初、わたしの核に第2類量子コンピュータの部分群をコピーしたんだ。そして光子体のまま、理論的に超えられる胞障壁を探した」
「だから、お父さんなのか。あなたと核を共有していた時期があるなら、サイカーラクラが、そう思ってもおかしくはない」
「最悪の父親だがな、娘を利用することしか、考えてない」
「まあ、そうですね」
「そういうときは、思ってなくても、そんなことはないですよ、とか言うもんだぞ」
「普通の人あいてならそうですが、あなたに言ったら、つけあがるだけなので」
ミウラヒノのコーヒーは、口もつけられぬまま、冷めていく。
「考えることは同じですけどね。僕もダーに同じことをしました」
「同じとか言うな、わたしは、お前と違って、できることが限られてるんだぞ」
すねたかな、とタケルヒノは思ったが、そうではないらしい。
「で、見つかりましたか?」
「見つかったというか、間に合わなかった、というか…」
「地球、では、もう間に合わなかった?」
「サイカーラクラが間に合わなかった」
ミウラヒノは、部屋の天井のあたりを見つめていた。本人的には、虚空を見つめている気分だったろう。
「地球は、すべての条件がそろっていた。宇宙船が建造できる程度の文明。サイカーラクラの超えられるはずだった胞障壁、そして、未踏の地、情報体の知らない、情報キューブに載っていない胞宇宙」
ミウラヒノは頭を振った。
「だが、サイカーラクラが、もう無理だった。再三のデルボラからの攻撃で、情報のかなりの部分がやられていて、もう胞障壁を超えられる状態ではなかった」
「それで、サイカーラクラを励起子体に?」
「そうだ、それでデルボラの攻撃は防げる、だが、情報体変換は、もとの情報を完全に他の情報体に変換できるものではない。サイカーラクラは毀損して、胞障壁を超えることはできなくなっていたが、それでも、かろうじて、第2類量子コンピュータとしての能力は残していた。だからサイカーラクラは…」
ミウラヒノはカップに手をかけると、冷め切った甘いコーヒーを一気に飲み干した。
「最後の力を振り絞り、残った演算能力の全てを使って、君ら6人を選び出したのだ。そして、わたしはサイカーラクラを励起子体に変換した。ファライトライメンでの再会を約束して」
「励起子体への変換で、それ以前の記憶が消し飛んだと?」
「そうだ、そして、さっき、わたしに会ったことで、その記憶が蘇りつつあるのだろう」
「サイカーラクラに会ってきます」
タケルヒノは立ち上がった。
「待て」ミウラヒノはタケルヒノの右手をつかんだ「まだ話しは終わってない、サイカーラクラの話しはこれだけだが、まだ、お前の話しが残っている」
「それは、知ってますから」
「何?」
「僕のことなら知ってます。それに、サイカーラクラと話すときは、ボゥシューも一緒ですから」
ボゥシューの名を聞いて、ミウラヒノのつかんでいた手から力が抜けた。
タケルヒノは一礼すると、ミウラヒノを残して、部屋から去っていった。




