ファライトライメン(1)
「浮かない顔だな」
ジムドナルドは、タケルヒノの顔をのぞき込む。
「まあね」とタケルヒノが答える「とうとう来てしまったからなあ」
胞障壁を超えたあとのタケルヒノは、いつも調子がいまひとつだが、今回は、いつにもまして気だるそうだ。
気持ちはわからないでもない。
「それで、これからどこへ行くんだい?」
そう尋ねてきたのはジルフーコだ。
「ファライトライメンは8つの惑星すべてに、人間も光子体も居住している。星間ステーションは500以上だ。第2惑星のゾンダードに人口は集中しているけど、それでも、ファライトライメン全体の30パーセントに過ぎない。光子体が多いのは第4惑星と第5惑星の間にあるテフメトア・ステーションだね」
「人が多いか少ないか、なんてのは、この際、関係ない」
ジムドナルドが言う。
「ようは、最初の光子体が、どこにいるかだろ?」
皆の視線はタケルヒノに集中し、彼の出方を待っていた。
「どこに行くか、って話しなら、まぁ…」
タケルヒノにしては、なんとも煮え切らない態度である。
「どこへも行かないってのが、正解かなぁ」
タケルヒノは壁スクリーンに外部映像を投影した。
まばらな星々が瞬く船外モニターの映像を、せわしなく部分拡大しながら、映像視野を切り替えていく。
船外カメラの解像度ぎりぎりの不鮮明な映像が、壁一面に広がった。
中心部を楕円上のものが移動しているが、すぐにカメラの視野を外れ、そのたびに、映像が何度も細切れに切り替わる。
「この距離で、光速の0・02パーセントとか…、いったい、どうやって止まる気なんだ?」
愚痴のように、怖ろしいことをしれっと言いながら、タケルヒノがスクリーンを目まぐるしい勢いで追従させる。
やっと、飛翔物をスクリーンの中央でとらえた時、カメラのフォーカスを合わせる前に、鮮やかな閃光とともに、四散した。
「なんと、敵の攻撃ですか?」
ヒューリューリーが、体をひゅんひゅん振り回す。
「それだったら、いいんだけどね」
タケルヒノは四散片のひとつをズームし、ゆっくりと近づくそれに焦点を合わせた。
「宇宙服、に見えますね」
サイカーラクラが、唖然とした顔で言った。
「宇宙服だよ」タケルヒノが言った「残念ながら、中身も入ってる。緊急制動に耐え切れずにポッドが破裂して、放り出されたみたいに見えるけど、あれは、ワザとだ」
タケルヒノはコンソールを操作して、ローンチのゲートを開ける。ゲートの周りの誘導灯を点滅させた。
宇宙服が空間を滑りながら、右手を大きく振っている。
タケルヒノが深々と嘆息をついた。
「来ちゃったものは、しょうがない。これから僕がローンチまで迎えに行くけど、来たい人は一緒に来ていいよ」
椅子から立ち上がるタケルヒノに、皆、一斉に立ち上がった。あ、そうだ、と、いまさらながら、タケルヒノが釘を刺す。
「来るのはかまわないけど、かなり不愉快な人物だから、その点は我慢してね」
「いよいよかあ」
ジムドナルドがにやにやしながら、タケルヒノの後ろにつく。
「ずいぶん嬉しそうだな」
「そりゃあ、そうさ」
横を歩くボゥシューに言われたジムドナルドは、浮足立つ様を隠しもしない。
「宇宙一の大悪党だろ、俺は悪党が大好きなんだ」
皆が、ローンチに到着すると、宇宙服は船内に入って、すでに手動でゲートを閉めていた。迎えに気づくと、手を降って呼びかける。
「やあ、みなさん、はじめまして、それと、ひさしぶり」
「あいかわらず、むちゃくちゃしますね、叔父さん」
タケルヒノは当たり前のように言い、宇宙服も当たり前のように答えた。
「そうか? お前たちに早く会いたくて、我慢できなかったんだ。別にこっちの船を壊したわけじゃないんだし、これぐらいは大目に見てくれよ」
そう言いながら、ヘルメットを取る、青い短髪に、人懐っこい笑顔が映える。
突然、列の最後尾から悲鳴が上がった。
「お父さん」
自分で口を抑えるも、サイカーラクラの声は止まらない。
「お父さん? 何故、お父さんが、こんなところに?」




