ライザケアル(17)
「たいへんお世話になりました」
「わたしもお世話になりました」
ミーティングルームにいる皆に向かって、ラーベロイカとダーは並んで挨拶した。ラーベロイカの表情は思いのほか、晴れやかだった。ダーの表情はわからない。
皆、口々に、こちらこそ、と返していたが、あまり長く話し込む者はいなかった。
そういうことは、もう、すませていたから。
代表して、というわけではないのだろうが、タケルヒノがダーに尋ねた。
「新しい宇宙船の名前は何というのですか?」
「わたしが、決めるんですか?」
「そりゃあ、あなたの宇宙船ですから」
タケルヒノにそう言われると、ダーは間髪入れずに答えた。
「ダー、です。宇宙船の名前は、ダー」
「宇宙船もダー、ですか?」
タケルヒノは、いつものちょっと困った顔、をした。
「いけませんか?」
「いけなくはないですが、あなたと同じ名前だと、間違えやすくて困りませんか?」
「わたしと宇宙船を間違える人はいませんよ」
タケルヒノは困った顔をやめてしまった。代わりにひとつ、嘆息をついた。
「…確かに、いませんね」
「じゃあ、俺が2人を宇宙船まで送っていこう」
そう言いながら立ち上がったジムドナルドに、皆の視線が集中した。
誰も何も言わないので、気まずくなったのか、ジムドナルドは苦笑いだ。
「俺、何か、へんなこと言ったか?」
「いや、逆だ」
ボゥシューが言った。
「オマエがまともなことを言うから、みんな驚いたんだ。気にするな。長い年月の間には、そんなことだって、1度くらいはあるだろう」
多目的機の客席には、ダーとラーベロイカ。
操縦席にはジムドナルドだ。
宇宙船から宇宙船へ乗り移るだけだから時間はかからない。
実際、運転手もお客も、多目的機の中では、なにかを話すほどの時間は無かった。
宇宙船の外部ハッチが開口し、多目的機がローンチに滑りこむ。もうここからは自動で、サイドアームが左右から包み込むように多目的機を固定する。
ジムドナルドが上部ハッチを開けた。
ダーは固定ラッチを外し、両腕を支えに踏ん張ると、無重量区画に、ふわりと、浮いた。
「次もよろしくね。ジムドナルド」
「ああ、またな」
制止と運動の間くらいのゆったりした速度で、ダーは宇宙船の中へ、まっすぐに飛んでいく。
後を追おうと、床を蹴ったラーベロイカの、その手をジムドナルドが優しくつかんだ。
「餞別だ」
ジムドナルドはラーベロイカの右手に、小さなかたまりを押し込んだ。
手を開くと、
長い鎖のついた、ペンダント。
「デザインは、パッとしないけどな」
ジムドナルドは言いながら、ラーベロイカの掌の中でペンダントを裏返した。
ペンダントの裏には、小さなボタンがついている。
「困ったことがあったら、このボタンを押せ」
はっ、として、ラーベロイカは顔を上げた。
「お前がどこにいようと、宇宙の果てから駆けつけるよ」
それは、有り得ないことだった。
これから2人を胞障壁が分ける。
タケルヒノとダーしか超えられない壁だ。
でも、そんなことは、たいしたことではない。
ラーベロイカがこのボタンを押せば、ジムドナルドはやってくるだろう。
ラーベロイカは、ペンダントを掌に収めたまま、両手で顔を覆った。
「ありがとう…、大事にする」
「ああ、そうしてくれ、なくすなよ。予備はないからな」
大きく肩を震わせて、ラーベロイカは泣きながら肯いた。
ひとしきり泣いた後、右手にしっかりとペンダントを握りしめ、
ラーベロイカは涙で濡れたままの顔で微笑んだ。
「元気でな。また、会おう」
ジムドナルドの言葉に、ラーベロイカは、右手にペンダントを握りしめたまま手をかざし、左右に大きく振った。
ジムドナルドも右手を振る。
床を蹴ったラーベロイカの体が宙に浮き、そのままずっと腕を振り続けた。
多目的機の上部ハッチが静かに閉じ、ジムドナルドの姿が見えなくなって、
ローンチの外殻ハッチが開いた。
宇宙。
その時、ラーベロイカは、本当の宇宙をかいまみて、
多目的機――ジムドナルドは、その宇宙の向こうに消えていった。




