ライザケアル(12)
ライザケアル(12)
「ご苦労様、いつも面倒をかけて申し訳ない」
一段落ついたタケルヒノは、ボゥシューをビュッフェに誘った。
「あ、まあ、それほど面倒なことじゃないし、その…」
ボゥシューは、いざ、テーブルに座ってタケルヒノと相対すると、ラーベロイカのことをどう言ったらいいのか、迷って言葉が出なくなってしまった。
尻切れトンボで押し黙ってしまったボゥシューに、タケルヒノのほうが切り出した。
「それで、ラーベロイカのことなんだけど」
タケルヒノから逆に切り出されて。ボゥシューは、肩が軽くなったような気がしたが、それはおくびにも出さずに、短く返した。
「見たのか?」
「まあね」タケルヒノは診療データをのぞき見たことに対して悪びれる様子はない「とくに隠してる素振りもなかったからね」
ボゥシューもそれを責める気はさらさらなかった。
「隠したら、もっと早くバレるしな」
しばし、テーブルをはさんで、静寂がおとずれた。
なるべく軽く話題を流そう、と両人が考えているのはよくわかるが、だからと言って、歯車が噛み合うとか、そういうわけにはいかないところが難しい。
「で、どう思う?」
しかたがないので、ボゥシューが水を向けてみた。
「僕みたいな性質は、たぶん遺伝とかしないと思うからなあ」
ま、そうだろうな、とボゥシューは相槌を打った。
「でも、そんなの相手も覚悟のうえだろうし、言ったって聞かないんだろうな」
そうだな、とボゥシューは2度めの相槌を打つ。
「ただなあ、ただでさえ僕の子供なんて、面倒くさい人生を歩まされそうなのに、そんな重しまでかぶせるのはごめんだなあ」
へえ、いちおう考えてるんだ、とボゥシューは思った。
「子供欲しくないのか?」
なんとなく流れで、ボゥシューは聞いてみた。
「そりゃ、欲しいけどさ」
タケルヒノは答えた。
「とりあえず、目の前の面倒事を片付けなきゃ、とてもじゃないが無理だろう」
「面倒事な、確かにそうだ」
ここから数分、タケルヒノの愚痴が続いたが、ボゥシューは適当に流していた。タケルヒノの愚痴は、あまり長いと堪えるが、数分程度なら、ボゥシューにとって、そんなに苦にはならない。タケルヒノは同じことを何度も繰り返したりしないので、愚痴はそのたびに違う話しになる。よくもまあ、こんなに不平不満の種があるもんだ、と逆に感心するほどだ。
「ピノキオ、って知ってる?」
「え? 何だって?」
タケルヒノの悪い癖のひとつで、話が唐突に切り替わる。わけがわからないので、ボゥシューは、思わず聞き返した。
「ピノキオ、木でできた人形なんだけど、洋梨を食べるんだ」
「知ってるけど、梨以外も食べてた気がするぞ」
「梨の皮も食べる」
「そうだな」
「梨のへたも食べる」
「…そうだ」
「それで、いろいろあって女神に苦い薬を飲むように言われるんだが、当然、ピノキオは、そんなの飲まないって言う。女神は口直しのお菓子をあげるから、と言うんだが、ピノキオは女神を騙して、先にお菓子を食べてしまう。そして逃げようとするんだけど、死んでしまうよ、とか女神に脅されて、とうとう、薬を飲まされるんだよ、苦いやつね」
「何が言いたい?」
タケルヒノはおどけるように目をまんまるにした。おかしな話しだが、こういう顔のタケルヒノは意外と真剣なときが多い。
「たぶん、お菓子を食べないで、その前に薬を飲んだら、ピノキオはそこで人間になれたんだ、と僕は思う」
「そうなのか?」
「そうだ、そしてその後のサーカスもクジラのお腹もなしで、ゼペットじいさんと幸せに暮らす」
「人間になる薬だったのか?」
「違う。そんなものはない」
「なるほど」
「だから、苦い薬が出てきたら、僕はすぐに飲むことにしてるんだよ」
どうやら、それがタケルヒノの結論らしい。どうだ、と言わんばかりの笑顔を、タケルヒノはボゥシューに向けた。
「そういうわけで、子供はそのあと」
「新しい宇宙船は、いまの宇宙船によく似ていますね」
コンソールに新しい宇宙船の設計図を出して眺めるサイカーラクラに、ジルフーコが言った。
「似ているっていうか、同じものだよ。火星を離れて以降、改修した分も含めて同じにした」
不思議そうな顔のサイカーラクラ。
「でも、宇宙船にはダーに不要な設備も多いですよ。みんなつけちゃったんですか?」
「みんな、つけちゃいました」
ジルフーコは言う。サイカーラクラの真似だが、あいかわらず、上手くない。
「どうして?」
「そのほうが楽だというのが、まずひとつ、不要だからって外したら、その部分の強度計算やら何やら、全部、やりなおしだからね。あとひとつは、何が必要になるかはわからない、ということ、あれこれ考えるより、同じもの造ったほうが早い」
「そうですか、同じにしたほうが、結局は楽なんですね。ダーは何て言ってました?」
「ダーの言い方はちょっと違ったかな、わたしはこの宇宙船が好きなので、すっかり同じにしてください、と言われたよ」
「ああ、それならわかります」
サイカーラクラは、そう言うと、困りますね、という顔でジルフーコを見つめた。
「最初から、そう言ってくれれば良かったのです。ジルフーコの言い方はいつも難しいから困ります」
そうかなあ、ジルフーコは笑いながら、頭をかいた。
「わあ、すごいですね」
農園に入って、ラーベロイカは驚嘆の声を上げた。
「むこうが、じゃがいもで、あっちがトマトとインゲン。手前はほうれん草の種を蒔いたばかりだから、気をつけて」
ビルワンジルが指差しながら説明する。
「穀物はどこですか?」
「穀物類はやってないなあ」
ラーベロイカの問いにビルワンジルが答える。
「穀物と肉はオーダーシステムで合成してる。そのほうがエネルギー喰わないから、野菜は趣味だな。贅沢品だよ」
「私も、物心ついてから、ずっと軌道ステーションにいたので、そのへんの事情はわかります。じゃあ、みなさん、ここで思い思いに野菜を育てているのね」
「いや、実際に育ててるのはオレがほとんどで、あとはダーとタケルヒノぐらいだよ。タケルヒノはもっと来たいみたいだが、忙しくてほとんど来れない」
「え? そうなんですか?」
「あたしはさあ、ランニングコースには、いれてるんだけど」
イリナイワノフは言い訳しながら、ちょっぴり、すまなそうだ。
「休憩して、ビルワンジルが働いてるのを見たりはするんだけど、野菜とか、育てるの、あんま得意じゃないんで」
「もったいないですね、こんな広いのに」
「うん、なんかさあ、嫌いじゃないんだけど、あたしが触るとみんな枯れちゃうんで…、その、ビルワンジル、いろいろ教えてくれるんだけど…」
あ、と思い当たることがあったので、ラーベロイカはあわてて話題をかえた。
「ダーも、ってお話しでしたが、あぜ道とか、あの車輪で大丈夫なんですか?」
「ここに来るときは、専用ボディに着替えてくるからな。荒地仕様だよ」
「へえ、スゴイですね。本格的なんだ。」
「ま、最近は、ほとんどオレばっかりだけどな。ダーも料理のほうが忙しいから、あまり顔を出さない。ダーの入り用なのをオレが採ってくる感じだ」
「ジルフーコとかジムドナルド、って、あんまりこういうの興味なさそうですものね」
「いや、ジムドナルドは来るぞ」
「え? ほんと?」
驚いたのはラーベロイカではなく、イリナイワノフだ。
「あたし、けっこう、ここ来るけど、ジムドナルド見たことないよ」
「そりゃ、そうだろ、アイツ来るの、夜中、っていうか、照明が消えてからだから」
「何で来てるってわかるの?」
「トマトのへたとか落ちてるんだよ。ザワディはここのもの食わないし、歯型見ても人間のだから、食うとしたらアイツぐらいしか思いつかん。じゃがいもの茎なんて、生で食ったって不味いと思うんだが、何で食うんだろ?」
そう言って首をひねるビルワンジルに、イリナイワノフも、ラーベロイカも、何も言うことができなかった。




