ライザケアル(10)
「はじめまして、私、ラーベロイカと申します。この度はお忙しい中…」
メガネの男は、わずかに微笑んで、廊下の向こうを指さした。
「たぶん、タケルヒノに話があるんだよね。ボクはジルフーコ。宇宙船のことでわからないことはボクに聞いて。宇宙船以外のことは、他の人に聞いたほうがいいかもね」
「やあ、いらっしゃい」
タケルヒノはラーベロイカをにこやかに出迎えた。
「ちょっと、ばたばたしていますけど、それほど忙しいわけじゃないので、何かあったら、気軽に声をかけてください」
「ダーの新しい宇宙船を作っているのですか?」
ラーベロイカの問いに、タケルヒノは肯いた。
「そうです。でも、いちばん忙しいところは抜けたので、あとはケミコさんたちの監督ぐらいですからね。僕もジルフーコも、そんなには忙しくないですよ」
それじゃ、と言って、タケルヒノはどこかに行ってしまった。
「やっぱり、忙しそうですね」
「いや、そうでもないだろう」
傍らのボゥシューが言う。
「話したいんなら、口聞いてやらんでもないが、かなり覚悟していかないとタケルヒノはキツイぞ。本人は悪気はないけどな」
「優しそうに見えたけど、そうでもないんですか?」
「いや、優しいとか陰険とか、そういう話しじゃない」
ボゥシューの顔つきが少し険しくなった。
「うまく言えないが、話しの筋立てが常人と違うからな、話しを聞いてる瞬間、瞬間は、納得したように思えるんだが、全体を通すと、とんでもないことを言っている。長く話してると、頭がおかしくなりそうになる」
「ボゥシューでも、ですか?」
ラーベロイカの言葉に、ボゥシューは一瞬、はっとしたが、すぐに笑い出した。
「ワタシたちは、もう慣れたよ。慣れた、というより、もう頭がおかしくなってるのかもしれん」
「いらっしゃい、ラーベロイカ。遠い所、ご苦労様でした」
声のしたほうを見ると、ケミコさんが1体いる。
まわりを見ても誰もいないので、このケミコさんが話しかけてきたのだろう。
ラーベロイカは近寄ると、しゃがんで、ケミコさんに目線を合わせた。
「こんにちは、ケミコさんと話すのは初めて、あなた、他のケミコさんと違って話せるのね。特別なの?」
「特別、かもしれませんね」
ダーは答えた。
「わたしは、ダー。第2類量子コンピュータなので、確かにちょっと特別です」
ラーベロイカは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ダー、って、第2類量子コンピュータ、って、あなた、サイカーラクラのお母さん?」
驚くべきは、そこではないと思うが。
「はい、そうです」
ダーは答えた。
「せっかく、いらしたのですし、少しお話ししませんか?」
ダーはビュッフェのほうに進み始めた。ついて来い、ということなのだろう。
「あ、あの…」ラーベロイカはダーの後を追いながら、必死で尋ねた「いそがしくないんですか? 宇宙船、とか、あの…、私、もしかして、あなたの邪魔になってるとか…」
「宇宙船のことは、ジルフーコがやってくれているので」
ダーは車輪の回転をいったん止めて、ラーベロイカの問いに答える。
「晩御飯のしたくまで、まだ間がありますから。最近はサイカーラクラも手伝ってくれるし、あなたとお話する時間は十分ありますよ」
ダーと並んで廊下を歩いていると、向こうから、形容しがたいものが来た。
「これは、特使、遠路はるばるご苦労様です」
ふさふさと毛の生えた4足獣の上についている綱が、ひゅんひゅん回るのに合わせて、廊下に合成音が響く。
「え…、あ…」
かろうじていろいろなものを踏みとどまったラーベロイカは、恐る恐る、尋ねた。
「…ありがとうございます。ラーベロイカです。失礼かと存じますが、あなた、どなた?」
「ヒューリューリー、と申します」
ヒューリューリーは上半身を思い切り振り、風斬り音が高らかに響く。
「サイユルの者です。異なる胞宇宙の方とお会いできて光栄です」
ラーベロイカは、やっとサイユルの紐型人のことを思い出した。それにしても、ヒューリューリーと名乗る、このサイユル人の下半分は…。
ラーベロイカの視線に気づいたヒューリューリーは、するり、とザワディから離れた。
「彼は、私の親友でして」
ヒューリューリーが言うと、ザワディは、あぉん、と啼いた。
「名は、ザワディです。今後ともお見知りおきを」
ヒューリューリーとザワディのコンビと別れ、なおもダーについていくと、廊下に2体のリーニアが浮いている。
大きい方は、小さい方の3倍くらいの大きさがあり、浮いていると言うより、脚が半分、廊下の床下にめり込んでいる。
「へぇ、ゴーガイヤ、って宇宙皇帝に会ったことあるんだ」
「アる」
「宇宙皇帝って、恐い?」
「おっかなィ」
「…たいへんそうだね」
すれ違うとき、小さいほうの光子体が、こんにちは、と挨拶してきた。
ラーベロイカは、どうしたらいいか、よくわからなかったのだが、作り笑いで、こんにちは、と返した。
こんちは、と巨大な光子体が言った。
ラーベロイカは振り向かず、一心にダーの後を追った。




