ライザケアル(9)
「ジムドナルド、って、やっぱり、ちょっと変ですよね」
検疫室でベッドに横たわりながら、ラーベロイカが言う。
もう、ラーベロイカの検疫はすんでいるのだが、医療用の測定機器がこの部屋に集中していることもあって、ボゥシューはここで診療を行っている。
「そうかなあ」
ボゥシューはリモートDNAアナライザーの出力を確認しながら答える。
「うちの乗組員の中じゃ、人がましいほうだぞ。タケルヒノだのジルフーコだと、そもそも人間の思考をしてるのかどうかすら怪しいからな」
「コンピュータみたいとか?」
「それなら、わかりやすい。ダーみたいに論理的なら話しは早いからな」
「ダーって、第2類量子コンピュータの?」
ラーベロイカはこの間の話から第2類量子コンピュータのことについて調べたのだが、かつて、ダー胞宇宙にあったこと、核が乗組員に同行していることしか、わからなかった。
「ダーは、話しがわかりやすいし、優しいから、さすが、コンピュータって感じだな」
「タケルヒノは違うの?」
ボゥシューはスキャンを止めて、しばし考える。
「個別の話しをしていても、すぐ宇宙全体の話しになってしまうんだ。タケルヒノに言わせると、部分部分を統合しても全体にはならないから、部分を論ずるには全体を考えないといけないらしい。ごもっともな話だが、普通、そんなことできるわけないからな」
「あの、意味がよくわからないんですけど…」
「個々の行動を決めるのに、宇宙全体のことを考慮してるらしい。本人じゃないから、本当のことはよくわからんが」
「どうやったら、そんなことができるの?」
「魚が泳ぐように、鳥が飛ぶように」
ボゥシューは、いつかタケルヒノがダーに説明するのに使った喩えを引用した。
「ほとんど無意識でやってるらしいから、隣にいると大変だよ」
――もしかすると、私、とんでもないところに来てしまったのじゃ、ないかしら
後悔したわけではない、宇宙が難解過ぎることに、とまどっているわけでもない。
それでも、ラーベロイカは、そんな話をもののついでのように話すボゥシューに、驚かずにはいられなかった。
「ダーですか?」
サイカーラクラは、ダーのことを聞かれると何かうれしそうだ。
「ええ、私のお母さんです」
「あの、それ、前にも聞いたんですが」
ラーベロイカは、サイカーラクラのことが嫌いではなかったが、話していると、ときどき、とてつもない徒労感に襲われる。
「いったい、どういうことなんですか?」
「私は、励起子体ですが」
サイカーラクラは言う。
「初期構成時にダーの真部分集合を使ったので、私はダーの娘なのです」
「ダーが、あなたを造ったのですか?」
いいえ、とサイカーラクラは否定する。
「私を造ったのは、第一光子体らしいです。もっとも、私はそのころの記憶が抜け落ちているので、あまりよくわからないのですが…」
「ダーは、何故、あなたたちと同行しているのですか?」
「ダーが超えられるタイプの胞障壁を探すためです。それは、見つかりました。私たちは、今、ダーの新しい宇宙船を建造中です」
「どういうこと?」ラーベロイカは激しく動揺した「第2類量子コンピュータ計画は失敗だと聞いていたのに」
「ダーは、胞宇宙ダーの胞障壁を超えられなかっただけです。タイプさえ合えば、ダーは単独で胞障壁を超えられます」
「それなら、第2類量子コンピュータをもっとたくさん造れば…」
ラーベロイカは興奮して詰め寄った。
「光子体にならなくても、胞障壁を超えて、他の胞障壁に行ける?」
「さあ? それは、どうでしょう」
「え?」
「第2類コンピュータ同士なら、相補的に自分の超えられないタイプの胞障壁を助けあって超えれば、やがて近接胞宇宙全域の踏破も可能でしょうが、生身の知性体が第2類量子コンピュータに随行して、胞障壁を超えるのは、かなり難しいと思いますよ」
「何が問題なの?」
「胞障壁踏破には2つの問題があります」
「2つ?」
「はい、1つめは、数学障壁である胞障壁を解いて道を見つけ出すことが非常に困難なこと、そして、もう1つは…」
「ほとんどの知性体、情報体は、胞障壁内で自分自身を維持するのが極めて困難だ」
振り返ると、そこにジムドナルドがいた。
「それが、最初の光子体と俺たち以外、直接、胞障壁を超えられない、もうひとつの理由だ。実際、毎度のことながら、アレはけっこうキツイ。光子体の中で胞障壁内で自分を見失うことがないのは、最初の光子体だけだし、実体があっても、ライザケアルで選別プログラムをクリアできないようなヤツは、おそらく全滅だ」
ジムドナルドは自分のソファに身を投げ出して寝転ぶ。
「あと、もうひとつ。いま、いちばん胞障壁を超えたいのは、宇宙皇帝だ。それさえできれば無敵だからな、アイツ。だから、アイツを何とかしないうちは、胞宇宙間の自由な行き来なんて、絵に書いた餅だよ」




