ライザケアル(8)
「え、べつに1人で大丈夫ですよ」
ラーベロイカは社交辞令ではなく、本気で断ったのだが、ボゥシューは意に介さない。
「イリナイワノフが、うるさいんだ。ちゃんとジムドナルドから守れ、って言われてる」
建前上、ラーベロイカは特使で、ジムドナルドは乗組員の全権代行だと言っている。ラーベロイカ自身、あまり意味のないことだとは思っているが、とりあえず、話しかけるきっかけにはなる。
できれば、2人だけで。
ラーベロイカの、はかない希望ではある。
まあ、2人だけ、は、いくらなんでも無理だろうが、隣にボゥシューがいるのはキツイ。
「どうしてイリナイワノフじゃなくて、ボゥシューが付き添いなんですか」
「ワタシもよくわからんが」
ボゥシューは他人事みたいに言う。
「ワタシがいれば、ジムドナルドはいたずらしないんだそうだ。イリナイワノフが言ってた」
――そりゃぁ、そうでしょうけど
なにごともあきらめが肝心、ラーベロイカは、そう思って無理やり自分を納得させた。
とにかく今は、前に進もう。
今日は、ジムドナルドは起きていた。
ソファの上でぽんぽん跳ねている。
かわいいな、とラーベロイカは思った。
「よう、お嬢ちゃん、ご機嫌かい?」
「お話しがあるのですが」
まあ、座りなよ、とジムドナルドは椅子を2脚勧め、片方にラーベロイカが、もう片方にボゥシューが座った。
ジムドナルドは自分の椅子も持ってきて、2人に向き合う位置に腰掛ける。
「さあ、何でもどうぞ」
にこやかに笑いながら、両手を広げて、ジムドナルドが言う。
「まず最初に、特使と言っても、私の言うことは、全ライザケアルを代表するものではないことをご理解ください」
前口上だ。ラーベロイカも自分で言いながら、白々しいと思う。
「うん、いいよ」ジムドナルドは答えた「こっちのほうは、俺がいいと言ったらタケルヒノも必ず同意するから、そのまま確約されたと思ってもらっていい」
ラーベロイカは驚いて、隣りにいるボゥシューに目を向けた。ボゥシューは平然としていて、とくに反論する様子はない。
口もきけずに見つめるばかりのラーベロイカに、ボゥシューが促すように口を開いた。
「そいつは嘘つきだけど、いま言ったのは本当だから、安心していい。逆に言ったら、そいつはタケルヒノが約束できないようなことは、けっして妥協しないから、そのつもりで」
こう言われては仕方がない。けおされつつも、ラーベロイカは話し始めた。
「私たちの望みは、胞障壁を超えて、他の胞宇宙と交流することです」
「できるよ」ジムドナルドは答えた「光子体になればいい。実際、君たちはそうしている」
「光子体にならないで、です」
「無理だな」
ジムドナルドは即座に言った。
「無理、でしょうか?」
「それが君たちの望みなら無理だ。だが、君の望みなら可能性はあるかもしれない」
ラーベロイカは嘆息をついた。それは聞くまでもなくわかっていたことだ。
「建前抜きで言えば」
押し黙ってしまったラーベロイカの代わりに、ジムドナルドが話しだした。
「光子体にならずに、生身のままで胞障壁を超えるのは、光子体になるより、はるかに難しい。1メートルの塀が超えられないので、代わりに、100メートルのビルを超えようというのと同じことだ」
「でも、彼らには、そんなことはわかりません」
「だから、それは、彼らの問題で、君の問題じゃない」
まあ、そのとおりだ。
彼ら―大多数のライザケアル人、に対して、ラーベロイカは本来、責任などないはずなのだ。ただ、責任あるふりをすることで、ここまでやって来れた。何のことはない、彼らを、胞障壁を超えてきた宇宙船に潜り込むための口実にしていただけだ。
ラーベロイカは話題を変えてみた。
「ライザケアルの光子体生存率が低いのは何故だと思います?」
「諸説ある、っていうだけじゃダメかい?」
「あなたの考えが聞きたい」
「デルボラだろ」ジムドナルドはあっさり答えた「宇宙皇帝の光子体への干渉は、すべてコントロールされているとは言い難いものがある。好きでやってるわけじゃない、って言うのが向こうの言い分だろうがな」
「でも、それは、ファライトライメンも同じはず…」
「違うな」
ラーベロイカの反論は、ジムドナルドに遮られた。
「ファライトライメンは、そうと知って対処しようとした。ライザケアルは、うすうす感づいているが、見てみぬふりをしている。違いは大きい」
「私たちに、宇宙皇帝と戦え、と言うの?」
「いや、そんな必要はないだろ」
「じゃあ、どうしろと?」
「光子体にならずに、生身のまま、胞障壁を超えればいい」
「あなた、さっき、それ無理だって、言ったじゃない」
「そりゃ、言ったさ」
ラーベロイカがいくら叫んでも、その程度で動じるジムドナルドではない。
「無理を通さなきゃ、何だって、現状のままだ。現状が八方塞がりで、どうしようもないんなら、とりあえず、無理してみるより、しょうがないだろ」




