ライザケアル(7)
「やあ、ラーベロイカ、もうボゥシューのお許しは出たみたいだな」
ミーティングルームに置かれたルームランナーの上から、ビルワンジルが声をかけた。
「こんにちは、ビルワンジル」ラーベロイカが答えた「トレーニングですか?」
「ああ、そうだ」
ビルワンジルはルームランナーを止めて、袖木によりかかる。
「いつもなら、畑仕事だが、小宇宙船の農場は閉めてしまったんで、宇宙船に帰るまでは、もっぱらこれさ」
「農場があるんだ、凄いですね」
「ちっちゃいやつだ。野菜はとれるよ」
ラーベロイカはあたりを見回した。
「イリナイワノフは? 一緒にトレーニングしないの?」
「体の動かし方が違うからな」ビルワンジルが答える「イリナイワノフとは別メニューだよ、もうじき帰ってくるんじゃないかな」
ラーベロイカは壁に立てかけてある槍に近づいた。興味深そうに細部を眺める。やがて顔を上げると、言った。
「この槍で、火山を噴火させたというのは、本当ですか?」
「さすがに、それはない」ビルワンジルは笑った「ベルガーの火山はジルフーコが計算して、大量の木材を火口にくべたんだ。それが起爆剤になって噴火した」
「じゃあ、噴火させたのは本当なのね」
「まあ、そうなるかな」
ラーベロイカは、また、周囲を見回した。
「ジムドナルドは? こちらにいらっしゃると聞いてきたのですが?」
「そこで寝てるよ」
ビルワンジルの指差す先にソファがあって、その上にジムドナルドが仰向けに寝転んでいる。
「あの…、ジムドナルド」
ラーベロイカは呼んでみたが、返事はない。
規則正しい寝息にあわせて、腹部がかすかに上下している。
「あの…」
ラーベロイカは近寄ってみたが、ジムドナルドが起きる気配はない。
わざわざ起こすのも気まずいので、そのまま戻ろう、と一度は思ったのだが、そのとき、ジムドナルドの前髪が揺れた。
ひたいに被る金色の巻き毛。
ラーベロイカは、自分の容姿に満足をおぼえたことはない。
ことさら、紫の髪は大嫌いだった。
誰かが、彼女の髪を褒めそやすたび、皮肉を言われているのだと思って、作り笑いで誤魔化した。
でも、今。
ラーベロイカの切望した、黄金に輝く、透き通るように美しい髪の毛がある。
それも、ほんの少し手を伸ばせば届く先に。
彼女が右手を伸ばしたのは、あるいは、本能が呼びさました様であったかもしれない。
それほど無意識に、ラーベロイカはジムドナルドに近づいていった。
その指先が触れようとする刹那。
「わぁっ」
「きゃぁああああああぁ、ぁああぁ」
悲鳴を上げると、ラーベロイカはその場でへなへなと崩れ落ちた。
がくがくと肩を震わせ、声が消えたあとも、大きく乱れた呼吸を繰り返す。
「やあ、すまん、すまん」ジムドナルドは笑いながら起き上がると、ラーベロイカに手を差し出した「そんなに驚くとは思わなかった」
ラーベロイカは、目の前に差し出された手と、ジムドナルドの顔を交互に見つつ、尻もちをついたまま、後ずさりした。
「あ、あの…」
ラーベロイカは、か細い声を、やっとのことでしぼり出す。
「ごめんなさいっ、また…、来ますっ」
よろよろと立ち上がった彼女は、ころげるように部屋の外に消えた。
「ばっかだなぁ、オマエ」
ビルワンジルが、あきれ顔で言った「何やってんだよ、まったく。早く謝りに行けよ」
ジムドナルドは、言い訳したげな顔をビルワンジルに向けたが、結局、何も言わずにラーベロイカの後を追った。
「ほんっと、ロクなことしないよね、あの、馬鹿ドナルド」
まくし立てるイリナイワノフに、ラーベロイカは押され気味だ。
「あ、でも、すぐ謝ってくれたし…、私も悪かったので…」
「そうやって甘やかすと、つけあがるんだよ。ゴーガイヤの時と一緒だし」
「ゴーガイヤ、って、光子体の?」
「そう、そうだよ」
イリナイワノフは思い出して、怒りさらます状態のようだ。
「ゴーガイヤ、って、あれで意外と気が小さいトコあるから…、そこに、いきなり、食っちまうぞぉ、とか脅して…、3歳の子供だってあんなことしない」
なんだ、私だけじゃないのか、と、ラーベロイカは、変なところで寂しくなった。
「まあ、あれは、治らないから、そういうもんだと思ってつきあってくれ」
ボゥシューはラーベロイカに言うのだが、あまりジムドナルドの肩を持っているようには聞こえない。
はあ、と気のない返事をして、お茶をにごす、ラーベロイカ。
「おまたせしました。4人前ですよ」
サイカーラクラが大きなお盆に、大ぶりの脚付きガラス食器4脚を乗せて現れる。
もちろん、ガラスの器だけであるはずがない。
「これは?」
色鮮やかに盛られたクリームとフルーツ、それに何かたまご風味の柔らかくて美味しそうなもの。
「プリンアラモードです」
サイカーラクラが言った。
「いちおう味見はしましたので、大丈夫なハズです」
わくわくしながら見つめる3人の視線に押されるように、ラーベロイカはスプーンで端っこをすくって、口の中に入れた。
「すごい」
ラーベロイカは、それだけの音節すら発する時間が惜しいと言わんばかりの仕草で、繰り返し、スプーンを器につきたて、口へと運ぶ。
「これ、何ですか? 何て言いました?」
「プリンアラモードです」
サイカーラクラは繰り返した。
「ダー直伝なのです。お気に召したようで、何よりです」
「ダー、って?」
ラーベロイカの問いに、ボゥシューとイリナイワノフが答えた。
「第2類量子コンピュータだよ」
「サイカーラクラのお母さんなんだ」
ラーベロイカの頭上を、いくつもの疑問符が蝶のように舞ったが、それについては、とりあえず、この目の前の器を空にしてから、ゆっくり考えようと思った。




