ライザケアル(5)
「ごきげんいかがですか? ラーベロイカ」
素顔のままで検疫室に入ってきたサイカーラクラを見て、ラーベロイカが驚きの声を上げる。
「大丈夫ですか? 防護服なしで。ボゥシューに怒られますよ」
「私は励起子体なので」
サイカーラクラが答える。
「体内細菌や寄生ウイルスの心配がないので、ボゥシューの検疫プログラムから外れています。ケミコさんと同じようなものだと思ってもらえばいいです」
「ケミコさん?」
「お手伝いのロボットです。私たちはケミコさんと呼んでいます。ケミコさんの名前の由来は…、ええっと…、何でしたっけ…」
るる、と小さな走行音を鳴らしながら、ケミコさんが天板にオレンジジュースを乗せてやってきた。
「この子がケミコさんです。この子だけではなくて、たくさんいますよ。みんなケミコさんです」
「そういうことなら」ラーベロイカは防護服のヘルメットを脱いだ「あー、すっきりした」
ラーベロイカの紫に透ける髪が揺れる。
「ジュースいかがです?」
サイカーラクラは、ケミコさんの持ってきたジュースを勧めた。
「お口に合わないようでしたら、他のを持ってきます」
勧められるままに、ラーベロイカは、ひとくちジュースを口に含んだ。
「おいしい」
そのまま、半分ほど飲み干してしまった。
「よかった。おかわりもありますよ。他のものが欲しかったら、遠慮なく言ってください」
「あなたのように、他の人と防護服なしで話せるようになるのは、いつ?」
「ライザケアル第3惑星の自転周期の3・22倍です。ボゥシューが言ってました」
「あと、3日かぁ」
「その間も小宇宙船は航行していますから、10日ほどで、私たちの母艦につきますよ」
え? と、ラーベロイカは目をまんまるにした。
「いいんですか? 私、母艦まで行っても?」
「行きたくありませんか?」
「いえ、違うんです」ラーベロイカは、あわてて首をぶんぶん振った「私、あなた方の母艦に連れてってもらえるように、これからお願いするつもりだったんです。どうやって、お願いしよう、そればかり考えてて…」
「それは、良かったです」
サイカーラクラは微笑んだ。そして脈絡もなくラーベロイカに向かって言う。
「あなた、美人ですね」
え? と、さっきにも増して、ラーベロイカは大きく目を見開いた。
「いきなり、何を…、あなたこそ、とても綺麗…」
とまどうラーベロイカの瞳をのぞき込むように、サイカーラクラは顔を近づけた。
「私、そういうのは、実はあまりよくわからないのですが、それでも、あなたがボゥシューやイリナイワノフと同じように美しいのはわかります」
「だって、サイカーラクラ、あなた、すごい美人ですよ。それとも私のこと、馬鹿にしてる?」
徐々に怒りすら帯びつつある、ラーベロイカの口調に、サイカーラクラはふたたび微笑んだ。
「たとえ、あなたの言うように、私が美人なのだとしても、それは私にとって何の益にもならないのです。でも、ラーベロイカ、あなたは違う」
唖然とするラーベロイカを残し、また来ます、と言って、サイカーラクラは部屋を出た。
「や、ラーベロイカ。ボゥシューのお許し出たよ。ヘルメット取っていいって」
そう言って駆け込んできた、イリナイワノフの金髪が揺れる。ライザケアルでは希少な金髪が、ふわりとなびく様に、ラーベロイカは少なからぬ嫉妬をおぼえつつ、自分のヘルメットを脱いだ。
「ありがとう、じゃあ、もうこの部屋を出ていいのね?」
うーん、と唸って、イリナイワノフは困った顔になった。
「それがねぇ、部屋はまだ出ちゃダメなんだって」
「どうしてですか?」
「あんまり、よくわかんないんだよね。お昼食べたら、ボゥシューが来るから、そしたら、説明するから、それまで待ってて、だって」
「はあ」
落胆した様子のラーベロイカに、イリナイワノフは持参のサンドイッチを勧める。
「ね、元気出して、お昼一緒に食べない?」
「ありがとう」
イリナイワノフは自分でもサンドイッチにパクつくと、飲み込んでしゃべりだした。
「ボゥシュー、ってさ、頭良すぎて、ときどき何考えてんだか、わかんないことあるんだよね」
「そうなんですか」
ラーベロイカも、おずおずとサンドイッチに手をのばす。
「何考えてるのかわからない、って言ったら、サイカーラクラも、よくわからないけどね」
「あ、そういうトコ、ありますね」
「サイカーラクラに、何か言われたの?」
「私のコト、美人だって」
イリナイワノフは、まじまじと、ラーベロイカを見つめた。
「美人じゃん、別におかしくないよ」
ラーベロイカは、説明しようと試みたのだが、あのとき受けた感じを言い表すことはできなかった。
ラーベロイカは笑ってごまかした。




