ライザケアル(2)
「ボゥシュー、お願いがあるんだけど」
宇宙船に戻ったタケルヒノは、真っ先に実験室に向かい、ボゥシューをつかまえた。
「ライザケアルの特使のことか?」
「知ってるの?」
ボゥシューは、隣にいたサイカーラクラと顔を見合わせる。
「たったいままで、スラゥタディルが来ていたのです」
サイカーラクラが言った。
「なるほど、こっちに来てたんだ、道理で、小宇宙船に現れなかったわけだ」
「そっちに顔出したら、口も出さずにはいられないから、って言ってたな」ボゥシューは、やれやれという表情を隠さない「あと、タケルヒノが断ったら、ダメもとでいいから口添えしてくれって」
「へぇ」
タケルヒノは、意外だな、という顔つきだ。
「スラゥタディルは、この件、押してるのか。フラインディルは、僕に断って欲しそうな雰囲気だったけど」
「そりゃ、あの夫婦、意見が違って当たり前だろ、って言うか、意見が合うことがあるのか?」
「ま、そりゃ、そうなんだが」
タケルヒノは、ほんの少し違和感をおぼえたが、それについては、いまは無視することにした。
「第3惑星まで、特使を迎えに行くことになったんだ。検疫のこともあるから、ジムドナルドと一緒に行ってくれないか?」
「いいよ、イリナイワノフも一緒でいいか?」
「それは、僕も頼もうと思ってた。あと、ビルワンジルだな。そっちは僕が頼んでおく」
「私も行きます」
突然、サイカーラクラが宣言したので、タケルヒノもボゥシューも、驚いて彼女に顔を向けた。
「行くの?」
「ダメでしょうか?」
「いや、ダメじゃないけど」
「ダーといるほうがいいんじゃないか?」
「まだ、宇宙船の建造に時間がかかりますから、第3惑星に行って帰ってきても、ダーはまだいると思います」
タケルヒノは、腕組みしてしばらく考えていたが、何か思い至ったようで、サイカーラクラに向かって、言った。
「では、サイカーラクラも一緒で、後は、ジムドナルドに聞いてね」
わかりました、と言って、サイカーラクラは実験室から出て行った。
「スラゥタディルは、何か言ってたの?」
サイカーラクラの後ろ姿を見送ったタケルヒノは、ボゥシューに尋ねた。
「いろいろ言ってたよ」
ボゥシューは、ワザとぼかして言う。
「僕が聞いたらマズイことかな?」
「マズくはないが」
ボゥシューは躊躇しつつ、言葉をにごした。
「女同士じゃないと、わかりにくいかも知れんな」
「特使、って、どんな人なんだろう?」
ほうれん草を収穫中のビルワンジルの隣で、イリナイワノフが尋ねた。
「前にも来たじゃないか」
ほうれん草を引き抜く手を止めずに、ビルワンジルが言う。
「え? そんなこと、あったっけ?」
「ヒューリューリーが、そうだろ。最初の話しではそうだった」
「え? ヒューリューリーなんだ。ふーん、じゃあ、また、変な人が来るんだ」
いや、それは違うだろ、と、ビルワンジルは訂正したが、イリナイワノフには、よくわからないらしい。
「でも良かったぁ。ヒューリューリーみたいだったら、悪い人じゃないもんね」
「いや、だから、違うって」
「え? じゃあ、こんどは悪い人が来るの? ヤダなあ」
ビルワンジルは手を止め、しばし考えた。
「ジムドナルドが一緒に行くから」ビルワンジルはジムドナルドに責任をおっかぶせることにした「良いヤツか悪いヤツかは、アイツに聞くといい」
「そっかあ」イリナイワノフの口元がほころんだ。やっと納得したらしい「ジムドナルド、そういうの得意だもんね」
ビルワンジルは肯いて、また、ほうれん草に手を伸ばした。
「ライザケアル特使のお迎え、ご苦労であります」
びゅんびゅんと上半身を振るうヒューリューリー。
「お前は留守番」
ぺしょん、と、しょげ返るヒューリューリーにジムドナルドは言った。
「だって、俺たちはしょうがないとしても、何かがあって、ライザケアルとサイユルの外交問題、なんてことになったら困るだろう?」
「閣下、それほどに難しい問題でありますか?」
ヒューリューリーの立ち直りは早い。
ジムドナルドも調子に乗って、うむ、などと言いながら、わざとらしく胸の前で腕を組んだ。
「特使の迎え、などというものは、そもそも外交上の言いがかりをつけるには最上の機会なのだ。貴殿もいかさま、立場をわきまえられよ」
「諫言、身にしみました。以後、精進いたします」
ヒューリューリー、と、ダーが呼ぶ声がする。
「キッチンの隙間にパティナイフを落としてしまったんです。取るの手伝ってくれないかしら」
はいはい~、と元気よく答えたヒューリューリーは、するすると、いなくなってしまった。
「暇だっただけかよ、何でもいいんじゃないか、アイツ」
ジムドナルドは肩を落として、ソファになだれ込んだ。




