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「あのね、サイカーラクラ」
「…」
「サイカーラクラ?」
返事がないので、タケルヒノはサイカーラクラのフェースガードの前に手をかざした。いちおう、カメラで取り込んでジョブ画面と半透明で重ねている、というふれこみなのだが、かざした手を動かしても、とくに反応はない。やむおえず、タケルヒノはサイカーラクラの肩をポンと叩いた。
びくぅ、と体を硬直させたサイカーラクラはフェースガードを開く、タケルヒノを認めた彼女は、驚きに目をまんまるにしたまま、瞬時にシャッターを閉めた。
「あ、あ、すみません、読むのに没頭してたので」
「いや、こちらこそ申し訳ない」また顔隠されちゃったな、タケルヒノは少ししょんぼりした。
「何かご用でしょうか?」
「うん、地球に降りる人数だけど、四人にしたよ」
「それは…」サイカーラクラの言葉はそこで止まってしまった。良かったですね、とは言いづらいし、大変ですね、というのもはばかられるような気がする。
「それで、実は、サイカーラクラにお願いがあるんだ」
「彼らと関係あります?」
「うん、まあ」タケルヒノは言いにくそうだ「いまはまだ無理で、地球の衛星軌道に入ってからになるんだけど」
「監視しますか?」サイカーラクラはさらっと言った。
「そうしたほうが良いと思う」
「わかりました」
サイカーラクラはまったく事務的に了承した。
「いまから使い方教えるから」
ジルフーコは板ガムを半分に切ったような小片をジムドナルドに手渡した。
「まず注意するのは、ラバースーツ、そう、いま着てるやつね、必ずラバースーツを着た状態で使用すること。そうしないと皮膚が裂ける」
「裂けるって、どこの皮膚が?」
「筋肉がついてるトコの皮膚全部だよ、急激にパンプアップするから、ラバースーツで押さえ込むんだ。それで、外側のシール剤をはがして、舌の後ろ、そう、そこに入れて、下顎との間に挟みこむ。あとは、人によるけど、ジムドナルドの場合は10~15分ってとこかな」
「そのぐらいしたら効いてくる、ってヤツ?」
「いや、効き目はすぐだよ、使えるリミットがそれぐらいかな、と、限界超えたら動けなくなるから、鍛えてればもうちょい長く使えると思うけど、それぐらいがいいとこじゃない?」
「効果はどんなもん?」
「100メートル7秒で走れるよ。3メートルぐらいの塀なら、道具なしで、乗り越えられるんじゃないかな」
「地味だなー」
「ビルワンジルなら、効果も、時間も倍くらいだろう、地味なのは普段の精進が足りないせいだと思って。あとひとつ忠告だけど、これ使ったら、一心不乱に逃げることだけ考えたほうがいい。普通の人間相手の喧嘩なら、まず負けないとは思うけど、すぐに動けなくなるから、つかまったら袋叩きだ」
「試しに使ってみていい?」
「かまわないけど。地球に降りられなくなるんじゃないかなぁ。使用後、しばらくすると物凄い筋肉痛で、三日くらいは七転八倒だよ」
「どうもありがとう」ジムドナルドはそう言って、ジルフーコに強く握手した「他のみんなにも渡してくれるか?」
そのつもりだよ、とジルフーコは答えた。
「こっちが、キャットフード系で、こっちは合成ポリペプチド、で、いつも食べてるスパムを少しマシにしたやつと、それから…」
ボゥシューは小分けした袋を十種類ほどビルワンジルに手渡した。
「うわ、すごいな、ありがとう」
両手いっぱいに、ビルワンジルは袋をかかえて前が見えないほどだ。
「あんまり、ありがとうでもない」ボゥシューは不満げだ「相手は、かなりの美食家なんだろう?」
「実は、そうだ。普通なら、新鮮な生肉しか食べない」
「そうじゃないかと思って、とっておきを用意したんだけど…」めずらしくボゥシューのテンションが低い「間に合わなかった」
「間に合わなかった? 他にもあるのか?」
「オーダーシステム、フルに使ってもあと二週間かかる。やるだけやって、あとはタケルヒノにまかせるけど、どうやっても、降下には間に合わない」
「無理言ってすまなかった」ビルワンジルはすまなそうにボゥシューに言った「これだけあるんだから、どれかは口にあうかもしれない。ボゥシュー、本当にありがとう」
「本当にエルブルス山でいいの?」
「うん、そこでいい」
タケルヒノは何度も降下地点の確認をし、そのたびにイリナイワノフは同じ場所を希望した。
「着陸艇はパラシュート開かなくても、降下できるようには設計してる。でも、安全のため水上着陸の方がいいと思うんだけど」
「でも、そこからエルブルス山までいく時間がもったいないんだよ」
タケルヒノの説得にも、イリナイワノフ、耳を貸す気はないらしい
「衝撃吸収体はついてるけど、かなりキツイよ」
「だいじょうぶ、あたし、すごく頑丈だから」
とうとう、タケルヒノがおれた。
「エルブルス山は標高5642メートル、くれぐれも防寒対策と低酸素対策はしっかりね」
「うん、ありがとう、タケルヒノ」
イリナイワノフは、とびっきりの笑顔で答えた。




