無限への誘い(9)
ルミザウの反論にも、ジムドナルドは、ふん、と鼻を鳴らした程度で相手にもしない。
「どうです? 無尽蔵の、汲めども尽きない泉に興味はありませんか?」
ジムドナルドでは埒が明かないとみたのか、ルミザウは、タケルヒノとジルフーコに話しかける。
「その件についてはジムドナルドに委せてあるので」
タケルヒノは仮接続のコンソールから目を離すことなしに答えた。
「彼が納得しなければ、僕のほうから言うことはありません」
「手が空いたら話しぐらいは聞くよ」と、ジルフーコ「あまり興味ないけどね」
どちらも、とりつくしまもない。
「あなた方はどうです?」
ルミザウは、やっとボゥシューとサイカーラクラの方を向いた。
「無限のエネルギーを手にしたいとは思いませんか?」
「私は、たかだか数えられる無限で精一杯なので」
サイカーラクラは答えた。
「数えられない無限の方は、他の方におまかせします」
「実験したい気持ちは、わからないでもないが」
ボゥシューが言う。
「やりたくなったら、自分でやるし、そっちの手伝いなんかする気はないな。アナタも実験したいのなら、他人の設備を拝借するのじゃなく、自分の力でやれば良いのじゃないか?」
ボゥシューの最後の言葉が気に障ったのか、ルミザウの体が赤く輝きだした。
「侮っていますね。光子体には、たいしたことはできないと」
実際そうじゃないか、とジムドナルドは思ったものの、火に油を注ぐことになりそうなので、黙っておいた。
他のみんなも同じだったのだが、それがかえってルミザウの感情を逆なでしたらしい。
無いと思っていたルミザウの表情に険がさした。
「下手に出ているからと、つけ上がりやがって、目にもの見せてやろうか」
ルミザウの体が3倍にも膨れ上がり、光の縞模様が体中を覆った。
「やめといたほうが良いと思うよ」
ここではじめて手を止めたジルフーコは、ルミザウに向かって、言った。
「前にも同じようなことを言った光子体がいた。あんまり楽しい結果にはならなかった気がするな…。えーっと、なんだっけ…、確か名前が…」
「タルなんとか」
ジムドナルドが助け舟を出した。
「そう、それ、タルなんとか」
「タルトレーフェン」
ルミザウが絶叫した。
「あんなばかものと一緒にするな。貴様ら。もう容赦せ…」
突然、ルミザウの姿がかき消えた。
ジルフーコは黙って元の作業に戻った。タケルヒノはコンソールから顔を離すこともなかった。
「何だ、いったい、何をしたんだ」
ルミザウがいなくなって、静かになったと思ったら、フラインディルが現れて騒ぎ出した。
――やっぱり帰ってなかったのか
手を止めたタケルヒノが、ジムドナルドに視線を投げた。
「新手は引き受けるって言ったけどな」
ジムドナルドはタケルヒノの視線に気づいたが取り合わない。
「こいつは古手だろ。俺よりお前の管轄だよ」
「ルミザウお気に入りの無限エネルギーを開放したんだ。それをはね返されて消し飛んだ」
虚空に声が響く。
引き受け手は意外なところから現れた。
渦上の集光が瞬く間に人型をとる。それを見たフラインディルが驚きの声を上げる。
「レウインデ」
フラインディルの叫びに、レウインデは和やかに応じた。
「やあ、お久しぶり、ラクトゥーナル。アグリアータは元気?」
「元気だが…、貴様、何故、ここに」
「君と同じ理由だよ」
レウインデは、とても楽しそうだ。
「ルミザウには何度も口をすっぱくして、言い聞かせたんだけどね。言うこと聞かないんだよねぇ。もう疲れちゃったんで、消えちゃえ、っていつも思ってたんだけど、いざ、消えちゃうと、ちょっと寂しいかな」
「消えたって、どういうことだ?」
「次元変換駆動の無限エネルギーの解放だよ。あそこで作業してる2人、本来なら真っ先に安全装置かけ直すのに、ほっとくんだから。いじったらヤバいくらい、想像つきそうなものなのに」
ジルフーコはヘルメットの中でニヤリと笑った。あるいはレウインデには気づかれていたかもしれない。
「罠をしかけた、って言うのか?」
「罠ではないです」
作業に一段落つけたタケルヒノが、コンソールから目を離した。
「従来の安全装置は単純に余剰エネルギーにフタをするだけだから、もう少し、柔軟に制御できるように構造を変えました。そのため、古い装置に戻すわけにはいかなかった」
「制御機構を変えたって?」
こんどは驚くのはレウインデのほうだった。
「どういうことだい? ずいぶん面白そうな話しじゃないか?」
「どういうことだ?」
同じ言葉を使っても、フラインディルのほうは、ずいぶん調子が違う。
「エネルギーの奔流を止めるんじゃなかったのか?」
タケルヒノは困った顔をした。ヘルメットに隠れてどうせみえないだろうが、本当はちゃんと見て、もっと控えて欲しいと思った。
「仕事が終わるまで、少し待っててくれないかなあ」
タケルヒノは言った。
「ジャマさえなければ、あと30分で終わる、話しが聞きたければその後にしてください」




