無限への誘い(8)
船内中央部、主駆動部まで難なく到達し、ジルフーコとタケルヒノは、早速、作業を開始した。
他の3人は高みの見物である、というよりは、主駆動機関の構造がいまだよくわからないので、手出しできない、というのが正しい。
ただ黙々と作業を続ける2人だが、その傍らに、淡い光が漂いはじめた。
はじめは霧のような、ほとんど目に見えないほどだったそれは、次第に輝きを増し、やがて、人の形をとった。
「困りますね。勝手なことをされては」
タケルヒノもジルフーコも答えない。作業の手を止めずに、現れた光子体を無視し続ける。
ジムドナルドが、すーっと飛んで、光子体の横についた。
「この宇宙船の持ち主に頼まれたんだ。最近、盗電する奴がいるから何とかしてくれってな」
「あなたは誰?」
「人に名前を尋ねるときは、自分が名乗ってからだろ」
光子体の不明瞭な頭部が、わずかに歪んだ。笑ったのかもしれない。
「ルミザウ」
光子体は言った。
「ジムドナルドだ」
ほう、と息を吐くような音を出したルミザウは、続けて尋ねる。
「ジムドナルドと言うと、あのジムドナルド?」
「どのジムドナルドかまでは知らんが、ジムドナルドだ」
「困りましたね」
そうは言うものの、ルミザウはそもそも表情が判然とせず、本当に困っているのかどうかすらわからない。
「良い拾い物だと思っていましたが、持ち主がいましたか」
もちろん嘘だ。ルミザウが知らぬはずはない。胞障壁に宇宙船を乗り捨てたりするのは、最初の光子体しかいないのだ。
「そうだ、俺たちはこいつをなんとかしろと言われてる」
「なんとかしなくても良いのではありませんか?」
ルミザウの口調は平坦で、抑揚というものがまるでない。あるいは感情が無いのかもしれないが、意志だけは、ぼんやりとした輪郭とは裏腹に、強いものが感じられる。
「まあ、そうなんだが」驚いたことに、ジムドナルドは、半ばルミザウの言葉を肯定した「そういうの決めるのは、俺じゃなくてタケルヒノだからな。タケルヒノが引き受けたんだから、俺たちはなんとかしなきゃならない」
ルミザウは坦々と作業を続ける2人に顔を向けたが、またすぐに、ジムドナルドのほうを向いた。
「ここのエネルギーを無駄にしておくのは惜しいのです。有効に使うべきだと思いますが」
「第4惑星の人間にしてみれば、そんなとこだろうが、俺たちは第4惑星とは関係ないしな」
「私も第4惑星とは関係有りませんよ」
「じゃあ、大人しくしてるが吉だな」
ルミザウの頭部がまた歪む、小馬鹿にしたような、表情はわからないのに、ジムドナルドにはそう感じられた。
「これは実験なのですよ」
ルミザウは言った。
「無尽蔵のエネルギーを与えたら、文化レベルは果たして上がるのかどうか。あなた、興味はありませんか?」
「俺も実験はよくやったが」
ジムドナルドはそこで言葉をいったん切り、目を閉じた。再び目を開いたときの彼の口調は、いつにもまして挑戦的だった。
「実験の邪魔しに来るような奴に、邪魔しないで、なんて、お願いしにいったことはなかったなあ」
では、どうしたのか、という質問を待ち構えていたのに、ルミザウの問いは別のものだった。
「宇宙皇帝をどう思われますか?」
別に、とジムドナルドは答えた。
「会ったことないしな。噂だけで人のことをどうこういう趣味はない」
「無限のエネルギーを」
ルミザウの淡々とした口調が、無限の、の部分だけ抑揚を帯びた。
「宇宙皇帝はすべての胞宇宙に無尽蔵のエネルギーを供給しようとしているのです。ティムナーはその最初の栄えある胞宇宙に選ばれたのです」
「勲章だのなんだのをくれてやるときは、あらかじめ相手に打診しておいたほうがいいぞ。人によっちゃぁ、そういうの面倒くさがる奴がいるからな」
ジムドナルドは、トン、と床を蹴って天井高くに飛び、ルミザウを見下ろす位置で止まった。
「たとえば俺がそうだ」
「被験体の意見など、いちいち聞いてられませんよ」
ルミザウは、とくにジムドナルドを見上げるでもなく、そのまま話し続ける。
「それで、平等で豊かな暮らしが手に入るのだから、感謝して欲しいものです」
「あまり平等じゃなさそうだが?」
ジムドナルドは言葉尻をあげつらった。
「赤道直下だけじゃ、逆に不公平だろ」
「それはティムナーの住民が解決すべきことですよ。別に独り占めしろなどとは言ってないわけですから、仲良く使うことができないのなら、それは、ティムナーのせい、それも含めての実験です」
「能書きはけっこうだが」ジムドナルドは断じた「そういうことは、俺たちじゃなくて、宇宙船の持ち主に言ってくれ」
「言いましたとも」
ルミザウは、すぐさま反論した。
「なかなか聞き分けのない御仁なのです。つまり、宇宙皇帝と最初の光子体の確執の根本はそこにあります」




