無限への誘い(7)
多目的機からも視認できる位置まで、第一光子体の宇宙船に近づいた。
解析フィルターをかけた画像と横並びにして、画面を精査していたタケルヒノは小さく声をあげた。
「よし、この部分にしよう。シールドがいちばん厚い」
「いちばん厚い所から入るの? 薄いところじゃなくて?」
ジルフーコが尋ねると、タケルヒノは眉間に皺を寄せ、ちょっとだけ難しい顔した。
「薄すぎると、中まで壊してしまうから。ま、壊しちゃったっていいんだけど、いちおう努力したっていう、カッコぐらいはつけないとね」
「じゃ、ボクの仕事じゃなさそうだね」
ジルフーコは笑った。
「あんな分厚いシールドを突破するような装備は持ってきてない」
「そういうこと」
タケルヒノは宇宙船への暗号回線を開いた。
「あ、ビルワンジル? そっちのほうはどう? え? こっち? うん、大丈夫だよ。ぜんぜん問題なし。イリナイワノフに標的情報送るから、うん、ゼロラインで待機中でしょ? イリナイワノフにもよろしくね。わからないことあったら、いつでも連絡して、こっちはまだ宇宙空間で待機中だから。じゃ、よろしく」
「なぁに、おっ始める気なんだぁ?」
タケルヒノの肩越しにジムドナルドがコンソールを覗き込んだ。
その瞬間。
第一光子体の宇宙船の一角がはじけ飛んだ。
「さすがイリナイワノフ、仕事が早い」
言いながら、タケルヒノは暗号回線を、再度、開く。
「ありがとう、いい感じだよ。第2弾は打ち合わせ通りで、僕が合図するまで撃たないで。うん、そう、うまく行けば、撃たずに済むけど、どうかなあ。あ、僕らもこれから仕事するから。また連絡するよ。ビルワンジルとダーによろしく。え? 誰、ヒューリューリー? もちろん彼にもよろしく言っといて。じゃあね」
「おい、何やったんだよ。説明しろ」
通信が終わるのを待っていたジムドナルドが、タケルヒノに言う。
「穴開けたんだよ」
タケルヒノの代わりにジルフーコが答えた。多目的機の操縦士は船体の向きを変えて、第一光子体の宇宙船に航路をとった。
「シールドだけ壊すんだと思ってたら、船殻にまで穴開けるんだもんなあ。おかげで、中まで多目的機で入れるから、いいけど」
「すごいですねぇ」
サイカーラクラは多目的機から出て、いまできたばかりの、周囲の空洞を見回しながら言った。
「これ、イリナイワノフが開けたんですよね。ほんとうに、すごい」
「そうだけど、イリナイワノフには言うなよ」
サイカーラクラの後ろから出てきたボゥシューが言う。
「どうしてですか?」
「イリナイワノフ、そういうの気にするんだよ。あたしじゃない、って、また大騒ぎするから、やめとけ」
「でも、イリナイワノフでなければ、こんなことできませんよ。どうして嫌がるのでしょう?」
「理由なんか知らないよ。とにかく、やめとけ」
「すごいのに…」
ふと見ると、いつのまに現れたものやら、フラインディルがタケルヒノに噛みついている。
「何でこんなことするんだ」
「中に入るためですよ。ノックしたって入れてくれないでしょうから」
タケルヒノは、すました顔だ。
「下手したら宇宙船自体がこっぱみじんだぞ」
「まあ、そうなってもいいかと、それでも問題は解決するわけですし。とくに、壊すな、とは言われてなかったと記憶してますが」
「たしかに壊すなとは言ってないが…」
タケルヒノは腕組みして考えこむようなふりをした。
「気に入らないようでしたら、ここから、そちらでやっていただいてもかまいませんよ。中に入れないので制御できない、ってお話しでしたよね? もう中に入っているわけですから、問題ないですよね?」
フラインディルは、はっとしてタケルヒノを見た。ヘルメットの遮光バイザーのせいでタケルヒノの表情を読むことはできない。
「たいへん、失礼した」
フラインディルは謝った。
「もちろん、あなたたちにお願いします。ただ…、あまりにも驚いたので、その…」
「そういうことでしたら」
タケルヒノはフラインディルに皆まで言わせず、ヘルメットを傾けて空洞の隅に見入った。
「奥さんにも、心配しないように言ってください」
空洞の隅、砲撃で欠損した構造材の後ろに、白くぼんやりと見える影がある。
「スラゥタディル」
フラインディル、その影まで、移動、したのだが、間は見えなかった。
「何故、来たんだ。家でリーボゥディルと一緒にいる約束だったじゃないか」
「あなた、ひとりで行かせると、ロクな事しないから」
スラゥタディルは、ぷい、と横を向いた。
「それは…、だからって、来ることないだろう」
「来てみたら、この有様でしょ、来るなって言うなら、もっとちゃんとすれば?」
「ちゃんと、って、じゃあ、どうすればいいんだよ」
「こんなボロ船、ちょっと穴があいたくらいで、きゃあきゃあ騒いで…。内緒で見守るだけで、彼らが危険になるまで手は出さないって、言ってたじゃない」
「いや、だから、それは、むこうの仕業だと最初は思って…、まさか穴開けて入ると思ってなかったから…」
「そういうトコが、駄目だって言ってるの」
言い争う光子体の夫婦を遠巻きに眺めながら、ボゥシューは、ある事に気づいて小声で囁いた。
「リーボゥディル」
ボゥシューの背後で、白い影が動いた。
「ママが気づく前に早く帰れ、ティムナーでは会わないという約束だったぞ」
「宇宙船に行かなければいいと思ってたんです」
リーボゥディルは答えた。
「じゃあ、あらためて言い直す、ティムナーに入るな。ライザケアルに入るまで我慢するんだ」
「はい…」
しぶしぶ返事をしたリーボゥディルの気配が、ふぅっと、かき消えた。
「へぇ、素直なもんだな」
隣りにいたジムドナルドが、呟いた。
「まだ、お前みたいにすれてないからな」
ボゥシューの言に、ふふん、と鼻を鳴らして応えたジムドナルドは、いまだ言い争いをやめない一組の夫婦に目をやった。
「だってのに、あいつらは、もう少し、なんとかならんのか」




