無限への誘い(5)
「どうした、難しい顔して」
ジムドナルドはいつものソファでなく、タケルヒノのとなりの椅子に腰掛けた。
「そんなに、ビルワンジル置いていくのイヤか?」
「え? いや、そっちのほうは、大丈夫だけど…」
ジムドナルドがタケルヒノのコンソールをのぞき込んだ。
「第4惑星の外部エネルギー供給が止まったときの予測、か…」
読み終えたジムドナルドは、しかめっ面をタケルヒノに向ける。
「やめとけ、こんなもん。迷える子羊どもはな、羊飼いが餌をくれなきゃ文句たらたらだし、やったらやったで、また文句だ。だからと言って取り上げれば、また文句。けっきょく、何やったって文句しか言わないんだから、気にかけてやるだけ無駄だ」
「そう言うなよ」タケルヒノは笑った「彼らだって、頼んでエネルギーを分けてもらってるわけじゃないんだし」
「前にも言ったろ。お前には悪いところがむちゃくちゃたくさんあるが、そのうちのひとつだぞ。いいか、他人の尻拭いなんか、金輪際やめろ」
「それを言ったら、この旅そのものが、誰かさんの尻拭いだってば」
やれやれ、ジムドナルドは深々と嘆息した。
「じゃあ、言い方を変える。これ以上、尻拭いの相手を増やすな」
「その新しい相手に、宇宙皇帝は入るのか?」
「宇宙皇帝は古いほうだろ。最初の光子体がらみなんだから。こいつは、宇宙皇帝がらみかもしらんが新手だ。タルなんとかみたいなヤツだ」
「そう言えばいたな、タルなんとか」
「そうだ」
ジムドナルドはタケルヒノに向き合い、自分の両手で、がっしりと相手の両肩をつかんだ。
「もうタルなんとかみたいなやつの相手はしなくていい。そっちは俺がやるから、お前は、お前の仕事をしろ」
ビルワンジルは菜園の野菜を収穫している。トマトは多めに、とダーに言われているので、とくに大ぶりのトマトを選んだ。数でカバーするのはビルワンジルの好みではないのだ。
ふと、顔を上げると、遠くのほうをイリナイワノフが走っていくのが見える。ビルワンジルは収穫の手を止め、大きく手を振った。
「おおい、イリナイワノフ」
立ち止まったイリナイワノフは、一瞬こちらに顔を向けたが、何故だか、猛スピードで走り去ってしまった。
いつもと様子が違うので、ビルワンジルも驚いて、ただ唖然としていた。しばらくしてから、追いかけたほうが良かったかな、とも思ったのだが、そのころにはイリナイワノフの姿は影も形もなかった。
――何か、気に障るようなことしたかな
ビルワンジルは考えたが、何も思い当たらなかった。
「あ、サイカーラクラ」
ジルフーコがサイカーラクラを呼び止めた。
「このあいだ頼まれた宇宙服ね、あれ、重くなるから」
「重いのですか」
「そう、重いよ、ものすごく重い」
「ボゥシューの指定で、何か重くなりそうなものありましたか?」
「無いよ。ボクが重くしたんだもの。ボゥシューとイリナイワノフにも伝えといてね」
「わかりました、が」
サイカーラクラは、不可解、を顔の全面に隠しもせずに貼り付けたまま、問うた。
「どうして、私たちだけ重いのですか? 筋力トレーニングが必要なのでしょうか?」
「別にキミたちだけじゃないよ」
ジルフーコはいたずらっぽく笑った。
「7人全員の宇宙服が重いんだ。ヒューリューリーとザワディは重くしないけどね。彼らの分は、まだ調整に時間がかかるから」
「やっと、ふっきれたようですね」
実験室にやってきたダーが、ボゥシューに言った。
「何のことだ?」
「第一光子体の宇宙船に行くのでしょう?」
「ああ、そのことか」
ボゥシューは、手にしていたピペットをホルダーに戻し、ダーに向き合った。
「自分のやりたいことをすることにした」
「もう我慢はしないのね?」
「我慢は別のところでするよ。でも、やりたいことを我慢するのはやめる」
「良いことです」
ダーは言った。
「タケルヒノに頼まれたのです。わたしがいなくなっても、ボゥシューが大丈夫なようにしてくださいと」
「忘れてた」
ボゥシューはとても驚いた。
「ダーはいなくなるんだったな。何かずっといてくれるんだと、いつの間にか思ってた」
「もう、わたしがいなくなっても大丈夫ですね」
「我慢するよ。もう行くの?」
「まだですけど、そう遠い将来でもありません」
「サイカーラクラは?」
ボゥシューの問いに答えるのに、ダーはそれなりの時間を要した。
「サイカーラクラは、まだ無理。たぶん、間に合わない」
ダーは言う。
「だから、ボゥシュー、あなたにお願いしたい。サイカーラクラを守ってあげて」




