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「ネコのエサ?」
ボゥシューの眉根があがる、が、怒ったわけではなさそうだ。純粋に興味のあるときもボゥシューはこういう表情をする。
「タケルヒノに、オーダーシステム内で合成できるもの、って念押しされてるんだ」ビルワンジルは神妙な顔で説明を追加する。
「本当にネコが食べるようなものじゃないとダメなんだな」
「そうだ」
ボゥシューは目玉をくりくり回して一心に考えている「しかも、本番まで試せない」
「そういうことになる」ビルワンジルは心配そうだ「やっぱり、難しいか?」
「うーん、難しいというか、よくわからない」
「だよな」そう言って肩を落とすビルワンジルに、ボゥシューは、あわててつけたした。
「いや、できないわけじゃない、わからないだけなんだ。降下当日までいろいろ作ってみるから、それ全部持ってって試してみて」
「ありがとう」
「いや、でも、あんまり期待しないで」うれしそうなビルワンジルの顔に、言い訳しながらボゥシューが続ける「ネコ科の好みはよくわからないんだ。努力はするけど」
「秘密兵器?」
ジルフーコのうさんくさげな視線に答えて、ジムドナルドが、うんうん、とうなずく。
「言ってる意味がよくわからないんだけど」
重ねて問い質すジルフーコに、しばらくジムドナルドは考えて、とりあえず話しだした。
「なんていうかな、ほら、結局、タケルヒノが心配してるのは、俺が危ない目に合うんじゃないかって、そういうことだろ?」
「うん、まあ、簡単に言えば、そうだね」
「だからさ、相手が襲ってきた時に、ババババーッ、てやっつけられるようなヤツがあれば、タケルヒノも安心するんじゃないか?」
「ババババーッ、て、何?」
「だからさぁ、映画とかであるじゃないか、ピカッと光ったり、電気ビビビビッ、て感じで、周りの人間が、うわぁ、とか言って倒れるヤツ、ああいうの、なんとかならない?」
「トラブル起こさずに、慎重に行動する、とかいう発想ないの?」
「理想を言えば、そうだけど…。俺、地球にいた時にやった実験の後始末しなきゃいけないんだ」
「実験って、社会宗教学のか?」
「ああ、まぁ…」
「物騒な話だな」
「うん、実は、そうなんだ」
「まじめに言うんだけど」ジルフーコはジムドナルドの目を見据える「それって放っておくわけにはいかないの?」
「それがいちばん正しいと思う」意外にもジムドナルドは素直に認めた「でも、俺、馬鹿だから」
はじめてジムドナルドと意見が一致した気分になった。
「わかった。なんとかする」
いつのまにかジルフーコはそう言ってしまっていた。
「すまん、恩に着る」
「そのかわり、何を作るかはこっちにまかせてもらうよ」ジルフーコはこう言って歯止めをかける「そんなに都合のいいものなんて、できっこないからな」
「敵、ですか?」
問われたサイカーラクラはもちろん、尋ねたイリナイワノフすら当惑している。
「ごめん、サイカーラクラ。あまり良い言い方が思いつかなかった」
「いえ、あなたの言いたいことはだいたいわかります。わかりますけど…」サイカーラクラは考えをうまくまとめきれない「私が読んだ本の中には戦闘の記述はかなり多い、でも、それが史実なのか、単なる物語にすぎないのかを判断するのはとても難しいのです。ある程度の共通点はあるようにも思えますが、精密な分析となると…」
「そんな難しい話でなくていいの、たとえば、人間とは違う、とか…」
「人間とは違います」サイカーラクラは断言する「捕縛することがほぼ不可能という記述は非常に多い、ただ地球上の物語でも精霊の記述がかなり近いので、実際の相手を形容したものか、架空のものなのかよくわからない」
「そういうの」イリナイワノフが意気込んで言う「そういうのが聞きたい。なんでもいい、はずれてたって構わない、それも含めて話せばあの人が対処法を示してくれると思う」
「その程度で良ければまとめておきますが」
「ありがとう、助かる」
「ロシア語で良いんですか?」
「え?」
「あなたが読むのではないようですが」サイカーラクラが説明する「イリナイワノフ、原語で書き下して、あなたが読んで伝えてもいいですけど、面倒ではありませんか?」
「あ、もちろん、ロシア語で」イリナイワノフは本当にうれしそうに感謝の意を伝えた「ほんとうにありがとう、サイカーラクラ、ほんとうに」
「おーい、タケルヒノ」
「やあ、ボゥシュー」
無重量区画、ドック前で作業するタケルヒノに向かって、ボゥシューが飛んできた。
「もう、さんざん言われて、耳にタコができてるんじゃないかと思うけど」ボゥシューは彼女にしてはめずらしく、きわめて控えめにお願いした「地球に降りるのって、やっぱり四人じゃ、ダメかな?」
うーん、タケルヒノはうなって、しばし熟考している。心配そうにのぞき込むボゥシューに目を向けると、答えた。
「ぜったい無理、というほどではない」
え? タケルヒノの意外な言葉に、ボゥシューはすぐには反応できなかった。
「綱渡り的ではあるけど、まあ、なんとかならないわけじゃない。いちおうツテもあるし…」そしてタケルヒノは目元をちょっぴり緩めた「それに、ダメっていったら、自分があきらめるつもりなんだろ、ボゥシュー」
「…え? まぁ…」
ボゥシューは、耳まで真っ赤にして、小さくうなずいた。
「ほんとうはビルワンジルにあきらめて欲しかったんだけど、無理だろうなぁ。いろいろ問題はありそうだけど、がんばってみるよ」




