無限への誘い(1)
新しい胞宇宙、ティムナーに入ってすぐ、タケルヒノは全員をミィーティングルームに招集した。
いつもの説明会と言えばそれまでだが、今日はいつもと様子が違う。
皆が囲むテーブルの真ん中に、ダーの作ったドーナツの山がうず高く積まれていたのである。
「これから、ティムナーに乗り捨てられた第一光子体の宇宙船の探索に出ようと思うんだけど」
いちおう、タケルヒノの言葉は耳に入っているようだが、皆、もそもそと口を動かすのに忙しく、あまり反論は出てこない。ジムドナルドだけは、テーブルに着かず、いつものソファに寝転びながら、脚にじゃれつくヒューリューリーを蹴飛ばしている。
「アグリアータとラクトゥーナルの話しは、どうにも不正確な部分が多いんで、手探りでいくしかない。いきなりはどうかと思うんで、情報キューブから拾える範囲で調べてみた」
壁スクリーンに映し出される、ティムナーの情報。主星から連なる、惑星の1つが赤いサークルで強調された。
「これが、ティムナーの第4惑星。最内軌道に第1惑星と第2惑星が連星系を作っているので、軌道としては地球と同じくらいと考えてもらったほうがいいかな。生物が生息していて、知的種族がいる。文化レベルとしては、内燃機関の発達に支えられた鉱工業が主体の発達途中段階、コンピュータによる情報産業の成立前ぐらいだ」
「なかなか微妙なとこだな」
ジムドナルドが頬杖をついて半身を起こす。
「最初の光子体としても手が出しづらいトコだ」
「ほぅひゅうほろれすは?」
食べるかしゃべるか、どっちかにすればいいのに。イリナイワノフは思う。サイカーラクラのこういうところがイリナイワノフにはよくわからない。美人なのに。
「その星が、どういう進歩をするのか、っていうのは、その星の住民次第なので、外野がごちゃごちゃ言うことではないんだけど」
タケルヒノもそういうことには無頓着なので、まったく普通にサイカーラクラに説明する。
「少なくとも、順調に行ってるものに、いらぬ手出しをすると、後でとんでもないことになるので、こういうのは放って置くのがいちばんなんだ」
「でも、次元変換エネルギーを使い出したって話だろう?」
ボゥシューは食べかけのドーナツを自分の皿に置き、紅茶を飲んだ。
「それって、いいのか? バランスを崩すもとじゃないか?」
「そう、そこがおかしい」
タケルヒノは言った。
「ティムナーの住民が、第一光子体の宇宙船を利用したってアグリアータは言うけど、それって…」
「無理だよね」
ジルフーコが断言した。
「内燃機関でプロペラを回して、やっと空が飛べるようになったくらいの技術レベルじゃ、胞障壁踏破が可能な宇宙船にたどり着くなんてできるわけがない。たとえ、そっちがどうにかなったとしても、エネルギーの受け側の装置を作れっこない。何から何まで、おかしな話しだ」
「まあ、そいうこと」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
「最初の光子体の宇宙船をいじって、いろいろやってるのはティムナーの奴らじゃないってことだ」
ジムドナルドは欠伸して、ぐるりとヒューリューリーを右腕に巻きつけると放り投げた。
ヒューリューリーは宙で自分をほどき、伸びやかにテーブルの側の床に着地する。
「おい、ヒューリューリー」
ジムドナルドが言った。
「俺にもドーナツ取ってくれ」
「アイ、アイ、サー」
ヒューリューリーは、ひときわ大きなドーナツの穴に自分の頭を突っ込んだ。
そのまま上半身を引き上げると、ドーナツが首?のあたりに引っかかる。
そのまま、いそいそとジムドナルドのもとに向かうヒューリューリー。
ジムドナルドはヒューリューリーの首にかかったドーナツに視線を向けた。
「なんか、急に食欲なくなった。お前、それ、食べていいよ」
「どうやって食べたらいいでしょう?」
ヒューリューリーは体をゆすったが、ドーナツは上にも下にも動かない。
「ヒューリューリー、こっちこいよ」
自分のドーナツを食べ終えたビルワンジルが言う。
「オレが食わしてやるから、さすがにそれじゃ、自分じゃ食べにくいだろ」
「ごちそうさま、おいしかったですよ」
礼を言うタケルヒノを、ダーはじっと注視した。
「タケルヒノ、あなた、本当にドーナツ食べました? ずっと、話してたところしか見えなかったのですが」
え? という顔で、タケルヒノはダーを見返した。
「もちろん、食べましたよ。シナモンの香りがして、とてもおいしかったです」
「シナモンではなく、アザカスですが。地球のシナモンと香りの成分は同じです。そこまで、言うのなら、ちゃんと食べたんでしょうけど」
ダーは、ケミコさんのボディには不釣り合いなほど、全身から虚脱感を漂わせていた
「本当にあなたは不思議です」
「何がでしょうか?」
「わたしやサイカーラクラより、人間っぽくありません」
「そう言われても…、それは、あなたやサイカーラクラが妙になまめかしいというだけで…」
「まあ、そんなことはどうでもよろしい」
ダーは自分のことは、さっさと棚に上げた。そういうところが人間臭いというのなら、確かに自分は人間ぽくはないかな、とタケルヒノは思う。
「それで、大丈夫なのですか?」
「はい」
ダーの質問に、タケルヒノは即答した。
「ティムナーの住民でないとすれば、こんなことができるのは光子体だけです。相手が光子体なら、こちらが気をつけていれば、特に心配はいりません」
「では、わたしは心配しなくて良いのね?」
「いえ、心配してください」
「何を?」
「ボゥシューとサイカーラクラのことを」
ダーは押し黙った。ダーが途方もない計算をしているであろう合間に、タケルヒノは手短に話す。
「あの2人は、いま、あなたに頼りきっていますから、今のうちになんとかして欲しいんです。あなたがいる間にです」
「わかりました」
ダーは計算を打ち切って答えた。
「なんとかします」
「あ、それから」
調子に乗ったタケルヒノが付け足した。
「ついでにジムドナルドも、なんとかしてもらえると、嬉しいんですけど」
「お断りします」
ダーは冷たく言った。
「ジムドナルドは、あなたが、なんとかしてください」




