複合衝撃(4)
「リーボゥディル、リーボゥディル」
サイカーラクラが、リーボゥディルを呼びながら、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「何か用ですか?」
リーボゥディルは廊下の真ん中に浮いている。
「ボゥシューが探してましたよ」
「何だろう?」
「しばらく会えないから、お母さんの言うこと聞いて静かにしているように、だそうです」
「あ、これから胞障壁なんですね。わかりました、また来ます」
「それは、もちろん、そうなのですが」
サイカーラクラは、まだ言いたげだ。
「実は、次の胞宇宙、ティムナーにいる間は会えないのです。次に会えるのは、ライザケアルに着いてから、ということになります」
「どうして?」
「宇宙船の警戒レベルを上げます。あなたが宇宙船に入るのに使っている同調ゲートも閉めます。入れません」
「何か、大変そうですね」
リーボゥディルが心配そうに言う。細かい事情を聞いてみたい気もするが、そこはリーボゥディルもわきまえて、我慢した。
「ありがとう、サイカーラクラ。それじゃ、ボゥシューにあいさつしてきます」
「ボゥシューは実験室にいます。もうすぐ胞障壁です。急いで」
リーボゥディルは、もう一度、サイカーラクラに礼を言うと、廊下の壁を突き抜けて、消えた。
「というわけで、しばらく会えないけど、元気にしててね」
「うん、姉さんも、兄貴も元気で」
ゴーガイヤはそう言ってから、ふと思い出したらしく、付け足した。
「レウインデにも言ったほうがいいか? ティムナーは、ダメだ、って」
「言わなくていい」
ビルワンジルが言った。
「レウインデは、知ってる。だから、ゴーガイヤが言う必要はない」
そうか、と言い残し、ゴーガイヤは渦巻く光になって、ゲートに消えた。
ゴーガイヤが帰ったあと、イリナイワノフが、ぽつり、と言った。
「あたしたち、ゴーガイヤの役に立ててるのかな?」
「そこそこ、役には立ってるんじゃないか?」
ビルワンジルが言った。
「パラレスケル=ゼルで会った時は、びっくりするぐらい、元気なかったが、体もずいぶん大きさを取り戻したし、なにより、輪郭がはっきりしてきて、人がましくなった」
「そうかな」
イリナイワノフが顔をビルワンジルに向け、たまたま、リボンで結わえていない金の髪が、ふわり、と巻いた。
ビルワンジルは、ちょっと得した気分になった。
「最初会った時は、もっとずっと大きかったけど、大きいだけで薄ぼんやりしてたから、なんだかよくわからなかったんだよね」
イリナイワノフはしみじみ言う。
「ジムドナルドは、ゴーガイヤ相手に、やたら丁寧に話しててさ。何で、こんなのに? って思ったんだけど…。やっぱり、見た目だけで判断しちゃダメだよね」
「いや、見た目は大事だろ」
めずらしく、ビルワンジルが反論した。
「少なくとも、オレは、会って最初は見た目で判断するな」
「それは、ビルワンジルが面食いなだけでしょ」
イリナイワノフは笑った。その笑顔を見ながら、今日はずいぶん良いことが多いな、とビルワンジルは思った。
「そう言えばさあ、ビルワンジルの初恋の人って、すっごい美人なんだよね。写真とかないの? 見てみたい」
鏡でも見れば? と言いそうになったビルワンジルだったが、ここまで我慢したわけだし、そんなに気軽に言ってしまうのも悔しい気がして…。 なんとなく、笑ってごまかした。
「そろそろ胞障壁だな」
ボゥシューが言った。
「そうですね」
ダーが応える。
「管制室に行かなきゃ」
ボゥシューが宇宙服に着替えるのを眺めながら、ダーが言った。
「あなたたち、いつも胞障壁を超えるときは、あの部屋に行くのですね」
「変かな?」
ヘルメットに手をかけたボゥシューは、かぶるのをやめて、ダーに顔を向けた。
「変ではありません」ダーが言う「ちょっと羨ましいだけです」
「うらやましい?」ボゥシューはダーの言う意味が本当にわからなかった「何が?」
「わたしは、今のところ認識できる胞障壁に遭遇していませんから」
「なるほど、そうか」
ボゥシューは言ったが、あまり心の底からの賛同ではないようだった。
「胞障壁は、正直、あまり好きじゃない」
「どうして?」
「自分が自分でなくなる気がするから」
ボゥシューはヘルメットをかぶり、入り口に向かう。
「では、普段のボゥシューは、どんなボゥシュー?」
ボゥシューは立ち止まって振り向いた。ヘルメットの遮光バイザーは暗く、ボゥシューの表情はダーにはわからなかった。
「胞障壁の中のワタシが、本当のワタシなのかな?」
「それは、わかりませんけど」
ダーはボゥシューの後ろから、管制室へと向かう。
「普段のボゥシューはとても素敵ですよ」




